KULA

 タウマコのカヴェイア酋長の話を読んでいて、クラの話を思い出したので、書きます。

 クラというのは、パプア・ニューギニアとソロモン諸島の間くらいにある(といってもタウマコ島のあるサンタ・クルス諸島とは丁度反対方向なのですが)、トロブリアンド諸島という所で行われている、奇妙な交易の名前です。

 この交易で流通するのは、アクセサリー。それもヴィンテージもののアクセサリーです。古ければ古いほど価値があるらしいです。有名な個体には名前も付けられちゃったりなんかして、垂涎の的なのだそうです。エリック・クラプトンのストラトに「ブラッキー」とか名前が付いているようなもんですね。

 アクセサリーは基本的に2種類。この地域を時計回りで流通しているのがネックレス。反時計回りで流通しているのが腕輪。

 国立民族学博物館のコレクションを見てみましょうか。

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 こういったヴィンテージもののアクセサリーが何百、何千と存在しているとまずはイメージしてください。

 さて、クラの交易をやるのは男に限られます。男だけのコレクション、趣味なのです。

 彼らはそれぞれ、少し離れた島にコレクター仲間を持っています。Aという村を例に取ると、A村から見て時計回りの方向の村と、反時計回りの方向の村に、それぞれコレクター仲間を持っているのです。これは村単位ではなく、あくまで個人対個人です。

 そして彼らは何年かに一度、航海カヌーを仕立てて、集団でコレクター仲間の村を訪問します。いくつかの村が集まって航海カヌー船団を作ることもあるようです。そうやって隣の島までみんなで行って、そうしたらそこから先はそれぞれ自分のコレクター仲間に会いに行くわけです。あくまで交易は個人対個人ですから。

 そうして自分の仲間の所に行くと、彼らは個々に条件を交渉して(今度自分があのヴィンテージもののアイテムを手に入れたら必ずお前に譲るから、とか、この前自分はお前にあの有名なアイテムをプレゼントしたのだから、今度はお前が男を見せる番だとか)、アクセサリーを集めて回ります。そうしてひとしきりアクセサリーをゲットしたら、また航海カヌーに乗って自分の島へ帰る。しばらくすると、今度は仲間の方からA村を尋ねて来て、おい、お前にはこの前あれをやったんだから、お前が今持っているそれを寄越せ、とか言い出すわけです。

 このクラ交易は、参加者の名声を高めるのが唯一の目的です。アクセサリーは基本的には交易以外には使いませんし、かといって壊してしまったり捨ててしまってはもったいないですから、誰のもとにも留まらず、永遠にぐるぐるとトロブリアンド諸島の中を回遊しているのです。コレクターなんてものはどこでも同じですなあ。

 面白いのは、コレクターの名声は、良い品物をゲットした時と、良い品物を仲間にくれてやるときに、それぞれ高まるということです。良い品物をゲットしたまま抱え込んでしまうと、最悪のケチ野郎という評判が立って大いにバカにされるので、個々のコレクターは、自分の持っているアイテムの価値がギリギリまで高まった瞬間(ある程度はストックしておかないと、すぐに市場に出てくるアイテムということで価値が下がりますし、いつまでも抱え込んでいると、ケチ野郎と見なされて自分の価値が下がる)にダチにそれをくれてやる。すると、「あいつはあんな良いものを惜しげもなくプレゼントできる太っ腹の男だ」という評判が立つ。

 なんでそんな遊びにあんたたちは熱中するのかと尋ねた人がおりました。日本のドキュメンタリーフィルムのディレクターだった市岡康子さんです。彼らの答えはこうだったそうです。

「だって、こんな面白いものを止めるわけにいかないじゃないか。コレクションを通して友達も出来るし、友達のところに遊びに行けるんだぞ」

わかったようなわからんような。でも、コレクションって多かれ少なかれそんなもんですよね。同好の士との出会いが目的みたいな部分がある。

 話を戻します。ミミ・ジョージ博士がカヴェイア酋長に、「何故あなたたちは航海カヌーに乗るのを止めてしまったのか」と尋ねたところ、カヴェイア酋長はこう答えたそうです。

「航海カヌーで尋ねていく、交易のパートナーが居なくなってしまったからだ」

 つまり、これはクラ交易もそうなんですが、一端、航海カヌーで乗り込んだら、故郷に戻るのに都合が良い風が吹くまで、時には何ヶ月も交易先で待たなければいけない。そういった時、航海カヌー乗りたちは、交易先の島の固定的なパートナーの家に逗留するんですよ。そういう互恵的なシステムが無ければ、航海カヌーによる交易は成立しない。逆に、そういった交易パートナー関係さえ再構築出来れば、ソロモン諸島の辺境のような超が七つくらい付くド田舎では、燃料食いかつ壊れたら自分たちでは修理出来ないエンジン船よりも、航海カヌーの方が使い勝手が良いのだそうです。そういうことがわかってきた。

 ここ数年で、タウマコの人々は、また近傍の島々との交易パートナー関係を結びなおしていると言います。そうやって交易パートナー関係による航海カヌー交易のネットワークを再構築することが、彼ら航海カヌーの民が経済的に自立していく第一歩だと。

 クラ交易の詳しいディテールを知りたい方は、この本を読んでみてください。

市岡康子『KULA―貝の首飾りを捜して南海を行く』コモンズ、2005年

 市岡さんが1970年代に実際に使用しているところをカメラに納めたクラ用の航海カヌーのうち一艘が、沖縄の海洋文化館に収蔵されていますよ。

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