35年間の苦闘

 この週末、ミミ・ジョージ博士から送ってもらった未公刊の論文の下書きや学会報告の原稿に目を通しました。日本の研究助成を引っ張る為の参考資料なんですけど。

 ええと、単純に言って凄い資料です。早く公刊されるべきですねこれ。詳しくは書けませんが。伝統航海術研究の最先端は、今、明らかにこの人です。デヴィッド・ルイス、ベン・フィニー、リチャード・ファインバーグという老大家たちが一線から退いた後、今、実際に伝統航海術の調査をしている人というと、他にラモトレックをフィールドにしているエリック・メッツガーさんや、マウ老師のお弟子さんの石川直樹さんがおられますが、このお二人はミクロネシアがフィールド。ポリネシアならもうミミ・ジョージ博士を抜きにしては語れないと思います。あと5年、10年経ったらはっきりするでしょうね。それだけの研究の蓄積が、この女性にはある。

 一つだけ言っておきますと、デヴィッド・ルイスの「We, the Navigators」のいくつかの部分を根こそぎ書き換えるような知見が、既にミミ・ジョージ博士によって見いだされています。だから、今、ルイスの本に依拠して何か書いても、実はそれは既に古い知見になっているということも充分あり得る。特にサンタ・クルス諸島関係の記述は、その後10年以上も調査を積み重ねておられますから。読んでいて興奮しましたよ。

 ところで、そのミミ・ジョージ博士と現在は二人三脚でポリネシアの伝統航海術の復興を目指しているカヴェイア酋長、実に大変な苦闘を重ねておられる方のようです。カヴェイア酋長が最初に伝統的航海カヌーを再建したのは1970年。これは間もなく当時の植民地政府にタダで巻き上げられて、エジンバラ公(エリザベス2世の旦那)への贈り物にされてしまいました。1979年に作った次の航海カヌーも再び政府にタダで取り上げられて、結局放置されて崩壊してしまいました。

 1998年、カヴェイア酋長はミミ・ジョージ博士のグループの協力を得て、三度、伝統的航海カヌーを建造しました。これが「ヴァカ・タウマコ」号です。しかし、この船もメラネシア人系の悪徳政治家によって有形無形の妨害を受け続けており、これまでになんと38件もの裁判を起こされたのだとか。それで1000ドル以上の罰金を巻き上げられたのだそうです。

 それでもカヴェイア酋長は活動を続ける。何のために? 自分たちポリネシア人系の人間がソロモン諸島で生き延びる為には、航海カヌー文化の復興が不可欠だと信じているからです。そしてナイノアさんにも毎年のように支援を要請しつづけて早13年。結局、ナシの飛礫しか返って来なかったそうで。

 このように、ナイノアさんとホクレアというのは、功績も非常に大きいですけれども、実は全ての人々の希望をすくい上げているわけではないんですよ。実際に航海カヌー文化復興運動に取り組んでいる方々の中に、「もちろんナイノアは偉大だ、だが・・・・」と言い淀む人は、一定数存在している。

 たしかに、そんな大変な活動を続けている、同じポリネシア人の伝統航海士がいるというのに、見て見ぬふりを貫き通しているとしたら、それは・・・・どうなのよって思われてもしょうがないですかね。少なくともナイノアさんはカヴェイア酋長にもミミ・ジョージ博士にも会ったことがあるし、その際に援助や相互交流を何度も要請されているんですから。やっぱり、日本より前に行くところあるんじゃないの、と。

 おそらく、ホクレア号とナイノア・トンプソンという名前が巨大になるにつれて、その実力以上の期待が寄せられてしまったということもあるんでしょう。
また、様々な(政治的・商業的)思惑が複雑に交錯して、身動きがとりづらいということもあるでしょう。後者に関しては私にだってわかりますもん。水面下で無数の思惑がホクレア号を巡って蠢いている。これは日本を含めてですよ。別に悪い人たちが陰謀を巡らしているということではないんですが・・・・・・。
 ただ、特にホクレア号をいかに「見せる」かという点では、非常に強力な統制的圧力が(ハワイにおいても日本においても)存在していると解釈すべきではないのかという気がし始めています。だってホクレア号とナイノア・トンプソンに公然と批判を加えることが出来ているのは、ジョージ・アヴロニティスやケネス・コンクランといった名うてのアンチ・ハワイアン論客だけですからね。

 くわばらくわばら。