え~と、玉音放送60周年でございます。
言うところの「終戦記念日」ね。
メディアは朝からこれ一色。靖国にお参りされた閣僚に一生懸命面白いこと言わせようとしているテレビ記者なんか見ると、いまさらですが「メディアのマッチポンプって罪深いよなあ」とか感じますけれども。いいからそっとしておいてやれよ。
まあ、私も70年安保が終わった頃に生まれたもので、正直言えば戦争についての実感はもちろん無い。父方の祖母は東大本郷キャンパスのすぐ北側にある浄土宗のお寺(おそらく常徳院というお寺。今もあります)の娘でしたから、東京大空襲を経験しているそうですが。だから朝起きて真っ先に気にしたのはチェルシーVSウィガンの試合結果。申し訳ない。
それからテレビをつけて、ああそういえば今日だったかと。
それにしても何が今日だったのか。毎日新聞には、『8月15日の神話:終戦記念日のメディア学』が話題の佐藤卓己さんを囲んだ鼎談が出ておりました。佐藤さんの主張はこうです。日本が負けるプロセスには、8/14のポツダム宣言受諾、8/15の玉音放送、9/2の降伏文書調印があった。そのうち国内で最も重視されているのは8/15だが、これは要するにマスメディアを通じて国民に敗戦が告げられた日に過ぎず、実は諸外国はほとんどが8/15を重視していない。対日先勝記念日は9/2がデフォルトで、8/15を重視しているのは韓国の光復節くらいだと。
実は8/15は両手両足を折られた大日本帝国が最後にチョークスリーパーの体制(本土侵攻)まで入られてやむなくタップアウトした瞬間(8/14)でもなければ、レフリーがゴングを要請した瞬間(9/2)でもなく、ギブアップした顔がテレビに映し出された瞬間でしかなかったということです。
それが戦後日本にとって一番大事な日になった(なんせ諸外国における8/15の無意味を知らずに、この日が靖国参拝のXデー化しとるわけですからな)のは、これ全部マスメディアの力だよと。まあ、佐藤さんはメディア研究の人だし、メディア研究者はえてしてメディアが全てみたいな壮大な話を書きたがるものですから、私としちゃあ多少割り引いて読んでおくかと思いますけどね。
それで、その話からスタートして、「戦後日本は8/15に見られる国内と国外の認識のズレをスルーしたまま来た」という話になる(議論そのものにはかなり論理の飛躍があって、一瞬ちくま新書のペイドパブリシティかと勘ぐりたくなったくらいですが・・・・・)。
たしかにタップアウトでもゴングでもない瞬間が民族的記憶として受け継がれたという所にマスメディアの影響を指摘するのは、面白い指摘でしょう。でも・・・・それはそれだけの指摘であって、内外の歴史観のズレを云々するには、もう少し丁寧な議論が必要だろうと思います。
それよりも私が感じたのは、この鼎談の方々にしろ、毎日新聞のその他の記事にしろ、太平洋戦争に関わった相手というのを、アジア諸国と英米、そして日本という3種類でしか見ていないなってこと。ご丁寧に太平洋戦線の推移を示した大きな地図まで出ていたんですが、それを見ると、マーシャル諸島もカロリン諸島もサイパンもグアムも戦場になっている。ニューギニア島北岸やソロモン諸島もそう。つまり、ミクロネシアやメラネシアもまた太平洋戦争の関係者なんですよ。
ところが、今の議論だとその辺が綺麗に抜け落ちてますからね。でもサイパンなんか壮絶な玉砕戦やってたわけだし、決して忘れていい場所じゃない。例えばこれ見てください。
かのペサウ号を建造して日本まで来た、故バーナード・ガアヤン酋長の村にステイしていた日本の子供たちが、日本統治時代のヤップ島について行った聞き取りのまとめです。
日本は、こういった愛憎相半ばの記憶をミクロネシア各地に残している。でも、今、殆どの人はそれを忘れてしまっています。
ホクレア号がミクロネシアを経由して日本に来るということは、こういうことを「マスメディア」や学者さんたちに思い出してもらう契機にもなりうるんじゃないでしょうかね。