「罪を憎んで人を憎まず」←ツイッター民が忘れがちなこと

昨日から岡村隆史への大バッシングに恐ろしさを感じている。

「罪を憎んで人を憎まず」ではなく、岡村隆史という個人の人格否定に向かうツイートの大波になっているのがまるで文化大革命みたいだ。

岡村氏のこの発言にはこういう問題もあるので、あまり褒められたものではないですね、くらいで彼個人への言及は十分で、むしろその背景となっている様々な社会問題について考え・議論するのが建設的であろうし、社会学という自分のバックグラウンドからもそういう思考になる。

例えば講義で非正規雇用や不安定雇用、あるいはパンデミックによる特定産業の壊滅といった問題を取り上げるとしよう。

岡村隆史の発言も受講者に何かを考えさせるきっかけにはなるが、

「岡村隆史キショいと思いました」
「岡村隆史は死ねと思いました」
「岡村隆史も干されて貧乏になればいいのにと思いました」

というリアクションペーパーばかり出てきたら、その講義ははっきり「失敗」である。

現実社会は複雑で多面的だ。

じゃあ風俗産業はこの世から抹殺されるべきものなのかということも重要な論点であるし、永田カビの『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』をテキストとして併用したら、また別の感想も出てくるだろう。

そして毎度毎度残念なのは、文学系フェミニズム研究者ミニインフルエンサーがそういう視点を提供せず、さり気なく酸素を送り込んで岡村隆史の焼殺を促しているということである。

現代SNS社会は単純化と善悪二元論がバズりの1の1で、自分には向かないなあとしみじみ思う。

それにしても「聖学院大学心理福祉学部客員准教授」の藤田孝典はどんな講義をしているのだろうか?

まさか特定の個人への憎悪を煽るような講義はしていないと思いたいが。