水原希子氏に対する藤本貴之氏の批判は的外れだと思ったので書き留めておきます(9/20重要な追記あり)

今なお議論が続くこの話。

念のために水原希子さんの釈明動画

も念のため見たけれども、ネトウヨと藤本貴之教授は言いがかりにも程があると思いますな。


藤本氏は以下のような主張で水原氏を批判します。

世代によっては韓国への渡航(帰国)経験がなかったり、戸籍名である韓国名さえあやふやである可能性もありうる。その子供(水原希子)であれば、よほど意識的・政治的でもない限り、韓国人というよりは、育った環境=日本人という意識の強くなっているはずだ。

日本人としてアイデンティティを持ち、生活をしているのであれば、日常生活であえて出自をアピールする必要もない。今後、日本がますますグローバル化してゆく中で、それらは「どうでもイイこと」として消えてゆくべきものだろうし、そうであるべきだ。

よって、日本で育ち、日本名を名乗り、日本で芸能活動をしてきた水原希子の出自や国籍・血統などは、あえて表明する必要もないし、聞く必要もなかったことである。


しかしながら、彼女のパスポートはおそらく日本のものではないでしょうし、とすれば彼女は何年かに一度は東京入管に興行ビザの更新に行っているはずです。いくら日本で育っていても、ビザを取らなければ働けないのであれば、日本国民としてのアイデンティティは持ちづらいでしょう。そもそも、人社系の研究者であれば、インタビューをしたわけでもない他人のナショナルアイデンティティをこうだと決めつけるなど、やってはならないことです。

※この部分ですが、エジソン法律事務所の大達先生より、特別永住資格を継承している可能性もあり、それであればビザは不要とのご指摘がありました。ありがとうございます。

また、日中関係でセンシティブな案件についての話なので、まず自分が日本人ではないことを示すのは当たり前だと思います。彼女が日本人なのか外国人なのかで、以降の釈明(A: 靖国神社参拝 B:旭日旗 C: Ai Weiwei: Never Sorry)の解釈の文脈が変わりますから、まず事実関係を明らかにする。

社会学の論文だって、誰かの語りを分析するならその前にまず、研究倫理に抵触しない範囲でインフォーマントのバックグラウンドを可能な限り丁寧に記述します。論文で言えば「方法」の章で必ず書く内容です。

実際、彼女は以下のように語っています。

With my diverse cultural background, given me the opportunity to be exposed to different cultures and befriend people from around the world.
More importantly, I learned to appreciate mutual respect for different people.
I see myself as global citizen

私の多様な文化的背景は、私に様々な文化に触れる機会と、世界中からやって来た人々と友達になる機会をもたらしてくれました。
さらに重要なことですが、(こうした文化的背景から)私は異なる人間同士が相互に敬意を払うことの重要性も学んだのです。
私は自分自身を世界市民だと考えています。
(拙訳)


藤本氏はこの下りをきちんと視聴した上で、水原氏のアイデンティティはほぼほぼ日本人だと主張しておられるのでしょうか? 

それで、彼女が、自分はAnti-Warの思想を持っているから靖国神社には参拝しないし、旭日旗も称揚しないと言うわけですが、戦争に反対するアメリカ人が靖国神社の祭神(日本の政府側戦没軍人)に祈りを捧げに行かないのは特段おかしなこととは思いません。藤本氏は以下のように彼女を非難しますが

靖国神社(の毎年30万人が訪れる夏祭り)に行く事をあやまち、平和主義の否定のように表現することに対し、水原希子は、日本という国、民族を侮辱する行為になるとは感じなかったのだろうか。


動画を見た限り、靖国神社に参拝する人たちはおかしいとは彼女は言っていない。そこまで言ったらアウトですが、自分の思想信条として反戦だから靖国神社には行かないというのはアリでしょ。俺だって境内は通ったことあるけど拝礼はしたことないぞ。天皇陛下だって靖国神社参拝に行かないじゃないか。

この部分での彼女の言葉を確認しておきましょう。

Firstly, I am a supporter of world peace and definitely Anti War.

I am confirming that this (Ms.Daniel show a picture of a girl in yukata) is not me in the picture.

まず、私は世界平和を支持する者であり、また戦争には断固反対の立場であることを申し上げておきます。

この写真についてですが、これは私ではありません。(拙訳)


靖国神社に行くことをあやまちとか平和主義の否定だなどと彼女は語っていませんね。I am confirmingの前にthereforeとか入っていれば、そういう意味にも解釈出来ますが、実際のテクストではそんな副詞はありません。藤本氏の拡大解釈です。メディア学者の藤本氏の。

同様に、彼女の祖国が戦った相手の軍旗に距離を置くというのも、むしろ当たり前じゃないのと思うわけです。旭日旗なんか振り回してる奴はキチガイなんて言ってないんだし。

The second incident witch I would like to clarify is related to another picture.

I was accused of posing offensively in front of a flag.
I will also like to confirm absolutely that I am not in the picture.
And I am a supporter of peace.

次に私がはっきりさせたいのは、別の画像についての事件です。
私は、ある旗の前で攻撃的なポーズを取っていたと非難されました。
私はこれについても、絶対に私の写真ではないと確約致します。
私は平和の支持者なのです。(拙訳)


彼女が言っているのは、あれは私ではないということだけ。
平和を支持する者なら、軍旗の前であれこれするというのはフツーに無いでしょう。それだけのお話かと思います。

さて、この二点について藤本氏は以下のように主張します。

そもそも(1)、(2)は思想信条の自由にかかることであり、謝罪が必要なことではない。それをあたかも「あやまち/悪いこと(=否定すべきこと)」「平和主義に反すること」と位置付けて謝罪のネタにするのは、営業用のリップサービスだとしても行きすぎではないか。

ところが水原氏の動画では、彼女は以下のように語っています。

Hence I would like to clarify and bring a close on 3 recent incidents.
ですから私は、最近起こった三つの出来事についてはっきりさせ(clarify)、終わらせよう(bring a close)と思います。(拙訳)


そうです。彼女は靖国神社参拝について、および旭日旗の前でポーズを取ったことについて謝ってはいないのです。当たり前です。自分の行為ではないことなので謝る筋合いが無い。単に、あれは自分ではないと言っているだけです。
彼女がapologize(謝る)という言葉を使ったのは2箇所。
動画の冒頭で"I would like to sincerely apologize to everyone in China.(中国の皆さんに心よりのお詫びを申し上げます)"と語っていますが、何について謝罪するのかはここでは触れていません。

これがわかるのは動画の最後です。ここで彼女は

Lastly, I would like to apologize again for upsetting anyone.
最後に、皆さんを困惑させてしまったことについて、もう一度お詫び申し上げます。(拙訳)


と語っていることからわかりますが、彼女が謝罪したのは中国の人たちを「upset(驚かす、怒らせる、悲しませる、困惑させる)」したことについてです。そして、そのupsetの原因であった三つの事件のうち二つは自分とは無関係ですよとclarifyしている。そういう論理構造です。大丈夫かメディア学者。

アイ・ウェイウェイのNever Sorryについて彼女は知識を持っていなかったようですが、アイ・ウェイウェイ本人のアカウントに、ではなく自分の知り合いが無断転載した画像であれば、手癖で良いねしてしまうこともあると私は思います。

我々だって友人や取引先が直接絡むセンシティブな案件について、片方の極を取った言説について一瞬「イイね」したりシェアしたりしてから、1時間後に「やっぱマズいよなあ」と取り消すなんて普通にやってることでしょう? ちなみに私も韓国の「少女像」についてアートとして単純にダメだろうと批判したことがありますが、教え子には韓国人も多いですから、表現にはかなり気を使って書いています。

「Ai Weiwei: Never Sorry」はロッテン・トマトで96%というハイスコアを獲得した名作ドキュメンタリー映画ですよ念のため。アイ・ウェイウェイ自身も世界のアート界での影響力番付でトップ10の常連、1位を取ったこともある作家です。つまり掛け値なしにセレブ。それもすんごいセレブ。)

要するに、大学も出ていない25歳の芸能人にどんだけ高度な政治的配慮を要求してるんですかって話ですね。藤本貴之氏はメディア学者を名乗っているにしては、現代アートに余り詳しくないようですけれども。

あ、ナタリー・ポートマンがアイ・ウェイウェイと一緒に写ったインスタも見つけたんで最後に貼っておきますね。浅はかですねえナタリー・ポートマンさん。