「これで卒論書けますか?」

 木曜日でしたか、卒論指導を担当している学生たちと午前中面談。それぞれの卒論について進め方を話し合ってきました。

 提出まであと3ヶ月ですから、もう相当進んでいないといけないと思うのですが、実際にはまだ文献読みや文献探しの段階であったり、今からテーマを変えようとしていたりと、指導している方がその呑気さに驚くような状況です。4月アタマから散々、本を読め、フィールドに行けとガミガミ言ってきたにもかかわらず。

 面談した学生たちに限った話ではないのですが、バシッとテーマを決めてぐいぐい進んでいける子と、いつまで経ってもテーマが決まらずに足踏みしている子の両極端に分かれる印象がありますね。そして大半の学生が、3年次までの学習の蓄積を生かしたテーマにしない。学科の研究領域は幾つかあり、それぞれの領域について沢山の講義が開講されていて、それらの単位を取らなければここまで来られないはずなのですが。何かのテーマを学生が考えてきたときに「じゃあその分野でこれまで何冊本読んだの? どんだけ講義取ったの?」と確認すると、本を読んだことも無ければ講義を取ったこともなく、既に研究者によって答えが出されているようなテーマだったということが一度や二度ではありません。

 それだけじゃないです。不思議なことに社会調査法についての知識がほとんど無く(おまえら社会調査法の講義は必修だろ!)、社会調査の実習経験も無い。だから、さて卒論書くぞって時に、テーマに関する基礎文献の探し方を教えて、基礎文献の読み込みをさせて(脅さないとやらない)、社会調査法をいちから教えて、ともかく現場に行けと脅して(脅さないと現場に行かない)という、これまでに学び終えていなければならないはずの諸々を全部手取り足取り教えたあげく、「先生、このテーマで卒論、本当に書けますかね?」という質問を毎回のように聞かされることになる。

 そのテーマが卒論として成立するのか? すると思うからそれで進めさせているわけで、卒論として仕上げられなかったとしたらそれは、あなた自信が仕上げなかったから。だから君たちは問いの立て方が間違ってるよ。出来るか出来ないかじゃない。やるか、やらないかだ。

 私、毒舌なんで、いつもそんな風に答えています。戦うのは俺じゃ無くて君たちだと。戦えなければ負ける。卒業出来ない。だからいい加減に目を覚ませ。