キミのためにやってんじゃない。

 当たり前ですが、大学ってところに出入りしていると、色々な若者を目にします。いかにもチャラい感じだけど陰ではちゃんと勉強してる者。どう見ても真面目だけれども、やはり根っから真面目で、目の前の課題に誠実に取り組む者。適当に真面目、適当に手抜きして辻褄を合わせている者。私が学生だった頃にもだいたい同じような感じで居ましたし、きっと皆さんの周囲にもこういう人たちは当たり前のように存在しているかと思います。

 ところで、教える立場で一番困るのは、元々の能力は比較的高いけれども自分の目標を見つけられていない子たちです。元の能力が割と高いので、ちょっと頑張れば良い成績を取れてしまう。でも更に上を目指して遮二無二取り組むということにはならない。目標が見あたらないですからね、さしあたり。そこまで自分を追い込むモチベーションが無い。近くで見ていると、もったいなくて泣きそうになります。せっかくの素晴らしい素質があり、それを伸ばしていく為の時間と場所も与えてもらっているのに、その時間と場所とを浪費している。

 毎年、1年ゼミに一人や二人は必ずいる某高校出身者なんか、特にこのタイプの子が多いんです。

 だから、どうしても「もっと本気出してやろうぜ!」「キミの力からしたら、そんなもんじゃないだろ」「そんなんじゃ駄目だよ。先に行ったらそのやり方は通用しないよ。」とガミガミ言うことになります。で、うるさい野郎だと嫌な顔をされたり聞こえないふりをされたりする・・・・

 ガミガミ言う方だって、楽しいわけないんですがね(苦笑)

 でも、今まで誰にもうるさく言われなかったからこうなんだろうし、周囲の大人の中の誰かがうるさく言わなければこの先もこうなんだろうし。つらいとこです。街のゴミ拾いは拾えば拾っただけ確実に街が綺麗になるから、やりがいもあるんですが、くすぶっている秀才にガミガミ言うのはねえ。もういつも思いますよ。何で俺こんなことやってんだろうって。

 少なくとも言えるのは、目の前にいるくすぶった秀才個人のためにやってるわけでは全く無いってことでしょうか。本当は襟首掴んで言ってやりたいです。オマエなんかのために言ってんじゃねーぞこのド畜生めと。将来オマエの力を必要とするはずの、まだ生まれていない誰かのためじゃなきゃ、誰がこんな気分悪い仕事引き受けるもんかい。

 若者、基本的に勘違いしてるんですよね。これは自分の人生だから、どう腐ろうが私の勝手じゃないですか、放っておいてくださいよと。

 ええと、違うんだけど、それ。キミが今吐いたその言葉、その日本語はキミが創ったもんじゃないでしょ。キミの衣食住を支えてくださっているのは、誰? キミが出た小学校中学校高校そしてこの大学。みんな、キミより前に生まれた人たちが、自分たちより後に生まれてくる連中の為に創って、育ててくれたものですよね。キミはキミ一人の力で生まれて育って学んで食ってそこに立ってるんじゃないじゃないですかぁ。キミは莫大な贈り物の山の上に座ってるんだよ。

 さてここでいわゆる贈与論の基本中の基本を教えるよ。世の中にはいつも大量の贈り物がそこら中を行き来しているんだけど、そこには一つの普遍的なルールがあります。ここ試験に出すから憶えとけよ。贈り物を貰ったら、必ず次の誰かに、何かを贈るのが大原則。貰うけど貰わない奴ってサイテーでしょ? 一番嫌われるのはそういう奴だって、わかるよね?

 だ~か~ら~、俺はガミガミ言ってるのよ。オマエんとこで贈り物止めんなって。抱えきれないくらいのプレゼント貰って生きてきたオマエがだよ、「これ全部私が貰ったもんだから、私が好きに使って何か問題あるの? 私のもんだから使わずに捨てちゃったって私の勝手でしょ?」なんて言うのは許されねえのよ。次はオマエが誰かに何かプレゼントしていかないと、社会ってもんは成立しねんだから。俺は、オマエから将来贈り物を受け取る誰かの為に言ってるわけよ。

 わかった? アタマ良いんだからこれくらいわかるよな? わかったらさっさと勉強に戻れ。