旅の途中

 今、二人の日本人がパリを目指して走り続けております。新城幸也選手と別府史之選手。あのツール・ド・フランスに、今中大介さん以来13年ぶりに出場した二人です。現在のような世界最高のプロ・ロードレースの舞台となって以降のツール・ド・フランスを走った日本人選手は今中さんを含めて3人。

 日本人にとっては宇宙に行くよりも狭き門。それがツール・ド・フランスです。別格の実力と太い運の両方が無ければその舞台に轍を残すことは出来ません。実力だけなら市川雅敏さんも出られたでしょうが、彼には運が無かった。

 今中さんはシマノという自転車部品の大手の社員で、出向という形でイタリアのプロチームに派遣されてツール・ド・フランスに出走されたので、色々と悪口を言う人は多いのですが、じゃああんたたちが出向社員でリクイガスやらサクソバンクやらに派遣されてツール・ド・フランスに出してもらえるのかよと言いたいですね。出向社員がツール・ド・フランスの14ステージまで走ったなんて前代未聞じゃないですか。世界最速のサラリーマンだったんじゃないですか、今中さん(笑)。それに、彼はプロの世界で走りながらも製品開発に関わり続けていて、特に7700系デュラエースの試作品をレースの現場に持ち込んでいました。

 シマノの技術者でもあった今中さんが実際にレースに使い、その結果を本社に報告していたわけですから、これは開発陣にとっては大助かりだったんじゃないかと思いますよ。そうやって完成された7700系デュラエースがあのランス・アームストロングのツール・ド・フランス7連覇の前半を支えたということを考慮すると、今中さんの功績はその部分に限っても大きいと言えるでしょう。

 さて、話を別府選手と新城選手に戻しましょうか。これまでツール・ド・フランスの序盤、平坦ステージ(ゴールまで大集団で行ってスプリンターがヨーイドンする展開)は、個人的にはあまり面白くなかったんです。まったり視聴の癒し系番組扱い。特に今年はコロンビア・ハイロードのカベンディッシュが強すぎるんで、「またカベンディッシュか」で終わりですからね。

 しかし、別府選手と新城選手が出てくれたことで、新たな楽しみ方が生まれました。大集団の中に彼らの姿を探すという楽しみです。すると、今まで以上にロードレースというものを深く味わえるようになったのです。例えば別府選手はチーム内では牽引役として信頼されているらしく、ここでスキル・シマノの選手たちが置いて行かれるとまずいという局面では、仲間を引きながら集団前方に上がってきます。そして一通り仕事が終わると下がっていく。

 エースであるトマ・ヴォクレールに次ぐスプリンターとして、スプリントの最終局面に上がってくる新城選手に較べるとたしかに別府選手は目立たないですし、数字だけ見ていると活躍していないように思われるでしょう。しかし、出場20チームの中でも最も非力なスキル・シマノの目標は「出来るだけテレビに写ること」「出来るだけ多くの選手をシャンゼリゼに辿り着かせること」ですから、所属選手が見せ場を作れそうな時には全力を出し、今日は自分たちの日ではないなと思えば淡々と消耗を抑えてゴールを目指すのは理にかなっています。別府選手のすべきことは、チームの一員として自分に与えられた役割をこなし、パリを目指すこと。仮に彼がどこかのステージでリタイアとなってしまったとしても、スキル・シマノの選手の何人かはシャンゼリゼに行き着くでしょうし、それは途中でリタイアとなった選手たちの力があったからこそなのです。

 そういうことをあらためて私に実感させてくれた別府選手。少なくとも今中さんを越える15ステージまでは行って欲しいですし、出来ればシャンゼリゼを走って欲しい。でも、仮に別府選手が今日リタイアしたとしても、私にとってはスーパーヒーローです。