息子自慢

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 以前にも書きましたが、この4月から毎日、街のゴミを拾って歩いています。既に「ゴミ拾いパパ」として街の人々にも何となく認知されているようで、たまに「いつもご苦労さまです」とか声をかけられたりします。
 
 実際、私が巡回するエリアは明らかにきれいになってますからね。これは昨日、久しぶりに駅まで歩いてみて実感しました。俺ってやるじゃんと。

 ですけれども、一番嬉しいのはですね、息子ですね。最近は彼も手伝ってくれるんです。私が見逃した吸い殻やゴミをわざわざ拾って、私のところに持ってきてくれます。1歳4ヶ月の幼児がですよ。

 今日は用事があって別の街に行ったんですが、息子は道ばたに落ちているゴミを指さして一言

 「あ~あ。」

 で、私に拾わせるんです。

 いや、もちろんまだ彼に「ゴミ」の概念は無いんだろうと思いますけれども、でも萌芽はある。街にゴミが落ちているのは良くないことなんだという観念も育ちつつある。

 これってとても大事なんじゃないかと思います。というのは、毎日毎日ゴミを拾いながら考えたのですが、世界の環境問題のうち半分は、こうしたゴミのポイ捨てと同根なんだと思うんですね。つまり自分の目の届かないところに要らないものを捨ててしまえば、それでことはすむという観念ね。二酸化炭素の排出も同じでしょう。二酸化炭素は目に見えない。だから忘れてしまえる。工業廃液も産廃もそう。家電の不法投棄、車の不法投棄。目の届かないところに置いてくれば、それで良いじゃんという発想がある。

 ですけれども、今現在30歳40歳50歳、あるいはそれ以上の年齢で、吸い殻を平気で街に捨てているような連中は、もう教育するには手遅れだと思うのですよ。ペナルティが無ければ何度でもやるでしょう。そういう人間として完成されてしまっているから。生理的にそういうのが平気になっているから。

 だからですね、もう小さい小さい子供のうちから、ゴミは管理された場所以外に絶対に捨ててはいけないというのを、徹底的に叩き込むしか無いのではないかと。

 そう思いました。今日。

(画像は捨てられていたゴミの中に紛れていた名前入り封筒。他にも6月14日に外苑出入口から首都高に乗った際のレシートなんかが捨ててありました。「佐藤つかさ」さん、恥じてください。)