ホクレアに学ぶ者、ビジネスマンたれ

 社会貢献を目的とする非営利団体を対象とした経営論を読んでいると、殆どの著者がその重要性を強調するポイントがあります。一言で言うと「ビジネススキルを持たないNPOに大したことは出来ない」という話です。例えばキャッシュフローの管理。例えばパブリシティ戦略。

 いくら志が高くても、事業を継続出来るだけのキャッシュフローが獲得出来なければ話にならない。その為には、「いかにこの事業が社会の役に立ちうるか」を宣伝していかなければならないわけです。寄付金を中心としたキャッシュフローを構築するのか、どの助成金を狙うのか、事業収入をキャッシュフローの中核に据えるのか? いずれにせよ、単に募金を集めてそれを再配分するチャリティ以上のことをやろうとするならば、近代的な企業会計を行える人材がいなければならず、財務諸表(貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書)を読めるリーダーが居なければならない。

 パブリシティ戦略にしても、漫然と全方位に宣伝するのではなく、最も有望な層をピンポイントで特定して、資金や労働力提供を働きかけていかなければならない。その為にはマーケティングが万全でなければならない。そう、非営利組織は顧客だけではなく、資金源に関するマーケティングも必須なんですね。

 更に、ビジネスマインドを持つことの重要性はもう一つあります。受益者の視点を取り入れることが出来るという点です。受益者? そうです。社会貢献を目的とする組織を設立・運営するということは、何らかの社会問題の存在を認識し、その社会問題の解決に取り組むということです。社会問題が存在するということは、その問題に困らされている人々が存在するということですから、組織の活動によってその問題が解決されたならば、それまでその問題に困らされていた人々は、活動の受益者となる。わかりますね?

 ところが、社会貢献を目指す非営利組織は往々にして、受益者のニーズをきめ細かく汲み取らないのだという指摘があるのです。

 「社会起業家はもとより組織構成員は、社会貢献の意欲が非常に強く、社会問題解決に強い信念を持って取り組む。
 彼らの考え方を反映してミッションが決まるわけだが、社会問題のとらえ方や解決策について、ある種の思い込みがあるときは、皮肉にもその信念が解決を遅らせてしまうこともある。強い信念で社会問題解決に取り組むがゆえに、思い込みに近いミッションの呪縛から離れられない思考パターンに陥ってしまうのである。この場合、当初から単一の解決策をもって取り組みを開始することも少なくない。
 このやり方は供給者の論理であり、本来的に受益者のニーズから発想したものではない。そのため、結果として、社会問題解決ニーズの本当のありかを間違えたり、見当外れな解決策を考え出したりする。」(神座保彦『概論ソーシャル・ベンチャー』277-278ページ)

 これは、ハワイの航海カヌー文化復興運動の実践に学ぼうとする(私を含む)人々が、いかにも踏み抜きそうなブービートラップのような気がしてなりません。航海カヌーとか地域の伝統文化という特定のソリューションが最初にあって、その活用の場を後追いで探してしまうのでは、本末転倒なのです。特定のソリューションを実践してみたいという供給側の欲求から始まっているわけですからね。

 そこで必要なのは、やはりマーケティングなのです。今、どのようなニーズが存在しているのか? それを知るのが全ての出発点であるべきだと私は考えます。流れで言うとこうなります。

1:マーケティング

どのような社会問題が存在しているのかを調べる。具体的手順としてはセグメンテーション(存在が判明した社会問題群を細かく分類する)、ターゲッティング(どの社会問題に取り組むかを決定する)、ポジショニング(組織がどういった立場で社会問題に関わるかを決定する)という、いわゆるSTP方式などが考えられる。

2:ソリューション設計

どのような手段を用いて社会問題を解決するのかを考える。その際に重視すべきなのは、自らの持つ強みである。自分が最も得意とする分野のスキルや人脈、知識を生かすことが、イノベーションの原動力となる。

3:組織構築

ステップ2で考案されたソリューションを実施しうる組織を構築する。

4:実践

ソリューションを実施する。

5:分析と改善

活動対象となる社会問題がどれだけ解決されたかを測定、分析し、それを反映させてソリューションや組織デザインを修正する。

 ハワイの航海カヌー文化復興運動の場合は、具体的なニーズの存在を知っていた人々(トンプソン父子)が一方に存在し、もう一方には最適なソリューションの為のハード(ホクレア)を持っていた人々(ベン・フィニー、ハーブ・カネ、トミー・ホームズ)とソフトを持っていた人(マウ・ピアイルク師)が居た。しかも天の配剤でこの三つのグループが一カ所に集まるという偶然があって、運命的なソーシャル・イノベーションが創発した。先住ハワイ人を取り巻く社会問題を知り尽くしていたトンプソン父子、ハワイ唯一の遠洋航海カヌー、そして世界屈指のウェイファインディング技術を持った男。

 ニーズについての知識と、そのニーズにジャストフィットする、しかも他に比して圧倒的な強みを持つハードとソフト。偶然この三つが揃ったからこそ、航海カヌーとウェイファインディング技術を核としたソーシャル・イノベーションが実現したと言えます。

 さて。それでは今、私たちがしなければならないことは何でしょうか? そうです。マーケティングです。自分の住んでいる土地にどのような社会問題が存在しているのか? 誰が何を求めているのか? どこにどんな人が居て、何をやっているのか? それを知らずして、一体何をやろうというのか? まずは地元を歩き回ること。私の結論はそこであります。