オセアニア 暮らしの考古学

イメージ 1

 今日は本の紹介です。国立民族学博物館教授でニュージーランドのオタゴ大で学位を取られた印東道子さんの本。多分、来年の「Vaka Moana Exhibition」の巡回もこの方が中心になるのではないかと思うのですが。

印東道子『オセアニア:暮らしの考古学』朝日選書、2002年

 この本はオーストラリアを除くオセアニア、つまり島のオセアニアの生活文化を、様々な側面から平易に解説した一冊です。章立てを見れば一目瞭然ですね。

・海を渡る
・島に住む
・作る
・捕る
・育てる
・食べる
・飾る
・葬る
・ふたたび海へ

 さて、島のオセアニアということになれば、そこには当然ニア・オセアニアもリモート・オセアニアも含まれます。このウェブログが興味の対象としているのは主にリモート・オセアニア(ミクロネシア、ポリネシア)なのですが、印東さんによれば、近年、ニア・オセアニア(メラネシア)とリモート・オセアニアの古代の交渉についても色々と解ってきたのだそうで、パッキリとこれらを分けて語ることは難しいようですね。例えば以前は、古代のラピタ文化人(ポリネシア人やミクロネシア東部人の祖先)が、ニューギニアやソロモン諸島の先住民たち(メラネシア人)と全く交流せずに、これらの地域の海岸部を速い速度で駆け抜けたのではないかと思われていましたが、mtDNAなどの研究から、これらの集団の間には通婚を含む交流があったことがわかってきたのだそうです。

 とはいえ、印東さんの専門はミクロネシアですから、どうしても記述の中心はリモート・オセアニアになってしまいますね。そちらの方に詳しいのですから、まあしょうがないと思いますが。

 この本の良いところは、とにかく解りやすい文章で、そして最新の研究成果をきちんと参照しているところです。また研究者が書いた本ですから、南太平洋の島々を単純に「楽園」として語ることもありませんし、一部の研究者や作家が好きな「先進国の被害者」図式で怒りと慨嘆に全編を染め上げるということも無い。ごく冷静に、しかし魅力的にオセアニアの生活文化を語った本として、広くお薦め出来るものです。

 もちろんリモート・オセアニアをも扱う以上、航海カヌー文化のことも触れられているのですが、これはまあごく基本的な内容に留まっています。それよりも私にとって印象的だったのは、古人骨の調査から判明した古代ポリネシア(と古代の域外ポリネシア)の平均寿命。高い乳児死亡率を考慮しても、なお成人の死亡年齢のピークは20代後半にあったのだそうですよ。不惑の年まで生きられた確率は、タウマコ島で20%、アオテアロアでは何と7%でした。

 ということはですね。5歳とか6歳で航法術の修業を開始して、ハイティーンで修業を終え一人前になった航法師が、バリバリの現役として航海を導けたのはおよそ10年間でしかなかったということ。野球やサッカーやロードレースのプロ選手の選手寿命より短いわけです。フィギュアスケートのシングル競技の選手とだいたい同じくらいですかね。彼らは30年弱という一生のうちに、航法術を受け継ぎ、そして次代に受け渡していたんですね。もしかしたら、いや、おそらく極めて高い確率で、ハワイ諸島やタヒチ、ラパ・ヌイなどを最初に発見した航法師も、20代の人間だったはずです。みんな私より年下。

 なんというか、頭が下がりますねえ。