というわけではありませんが、昨年、アメリカの権威ある査読付き学会誌(投稿された論文を同分野の研究者が数人で審査して、研究の手法や論理展開に無理矛盾不足等が無いかを確認することを査読と言います。査読を経ていない論文や本は良いものから悪いものまで玉石混淆ですが、査読付き学会誌に掲載された論文には一定の品質保証があるということです)「American Antiquity」の7月号に掲載された論文が、なかなか刺激的な内容だったそうです。
http://www.saa.org/publications/amantiq/amantiq.html
この論文を書いたのはカリフォルニア大バークレー校の言語学者キャサリン・クラーとカリフォルニア工業大サン・ルイス・オビスポの人類学者テリー・ジョーンズ。この二人は北アメリカ先住民の中でもチュマッシュ族とガブリエリーノ族だけが、ポリネシア的な縫合構造を持つカヌー(部材をヒモで縛り合わせて造るカヌー。マタヒ・ワカタカがタヒチからアオテアロアまで1987年に航海した「ハヴァイキヌイ」などがこの構造だった)を持っているのは何故かという問題に取り組んでいました。
彼らの主張によると、チュマッシュ族の言葉で「縫合カヌー」を表す語彙と、ポリネシア系言語で「縫合カヌーを造る為のセコイア材」を表す語彙が非常に似ているのだそうです。ただ、ポリネシアではセコイアなんか採れませんから、「名も知らぬ遠き大陸より流れ来る大木一本」状態で漂着したセコイア材ということになるのですが。
チュマッシュ語で「縫合カヌー」はトモロオtomolo'o。ハワイ語で「役に立つ木」はクムラアアウkumulaa'au。
・・・・・似てるか?
語呂合わせだけで「交流があった!」というのなら、茂在寅男氏の「カヌーの語源は日本書紀の『枯野』だった!」説と大差無いわけですが。ただ、チュマッシュ族のカヌーが北米先住民のカヌーの中では例外的に手間がかかった構造だというのも、たしかなんだそうです。部材を熱湯で暖めて曲げ(これは奄美のイタツケやアイノコでも使う技法)、部材に穴を空けてヒモで縛り合わせて、隙間をタールで埋める。たしかにこれはポリネシア的なテクニックが満載かもしれません。こうやって建造されたチュマッシュ族のカヌーは、かなりの沖合にまで出られる優秀な船なのだそうです。
彼らがもう一つの根拠として挙げているのが、サンタ・バーバラ博物館に収蔵されているチュマッシュ族の宝冠にあしらわれたアワビの貝殻の採集年代ですね。この貝は相当に沖合に出ないと捕れないのですが、最新の放射性炭素年代測定技術で調べた結果、7世紀頃のものという結果が出たのだそうです。
ここでポリネシアの年表を確認してみましょう。
http://www.geocities.jp/hokulea2006/timetable.html
そう、7世紀ならポリネシア人はハワイまで来ているんですよ。もしかして、ハワイからさらに東を目指した奴らがいたのかもしれない。と彼らは夢見ているわけです。
この論文の審査結果はかなり割れたそうですが、「掲載可」判定を出した査読者がギリギリで過半数だったので、とりあえず掲載と相成ったとのこと。日本だったら絶対に掲載不可だと思いますが。というのは、日本の学者は「これ99%以上は間違い無いだろう」というレベルの知見でないと、権威ある査読誌には載るべきではないと考えるんです。一方、アメリカ人は「正しいかどうかはよくわからんけど、とりあえず情報を共有して、正誤の判定は未来の研究者に委ねよう」と考えるようですね。
個人的には、こういう夢のある論文が世に出たことを喜びたいです。
7世紀のポリネシア人が仮にカリフォルニアまで来ていたとしても、さすがに「マーヴェリックス」でビッグウェーヴ・サーフィンに挑んだりはしなかったでしょうけどね。