『ズニ族の謎』精読(第6章)

 『ズニ族の謎』の6章は、血液型や身体形質の面からのズニの検討です。この章は、解説で訳者の吉田さんも「手堅い」と評しているように、これまでの議論よりも説得力があります。本の構成としたら、この部分を冒頭に持ってくる方が読者を引きつけられたと思います。

 著者はまず上あごの臼歯の形状の比較から入ります。「キャラベリ咬頭(こうとう)」*と呼ばれる型の臼歯の出現比率の比較です。アメリカ先住民全体の平均値だとおよそ6割がこの型の臼歯なのですが、ズニは36%で、現代日本人が3割から4割の間であることを考えると、たしかにズニの数値は現代日本人の平均値に近い。

 また前歯の形状がシャベル状になっている割合が、ズニと現代日本人で似ている(どちらも90%台半ば、ただし他のアメリカ先住民も9割以上、ヨーロッパ系との混血が無ければ100%)。

 さらに、下あごの臼歯の形状でも、尖った部分が6つあるタイプの出現率がアメリカ先住民全体では60%前後なのに対し、ズニは35%、現代日本人は13%。

 要するにズニの歯形はアメリカ先住民の中ではかなり異質であると。そしてそのパターンが現代日本人に似ているような気がすると。こう言いたいようです。

 たしかに一つ一つの数値は、ズニの異質性を示してはいると思います。ですが、そこで日本人の数字だけを持ち出して「ほら似ている」と言われても、ちょっと困る。それをやるなら北東アジアから北アメリカにかけてのアジア系諸集団の歯形をきちんとサンプリングして、階層クラスター分析(色々な数字で表されるサンプル集団を、個々のサンプルがお互いにどれだけ似ているかによって分類して系統化してみせる技。今はパソコンソフトでも出来るし、専門の分析業者もいる)にでもかけてくれないと、もしかしたら別のところに、もっとズニに似ているグループがいるかもしれないじゃないですか。やはり、先に結論ありきの感が否めない。せっかく面白い数字を見つけて来たのに、もったいないです。

 続いて著者は、著者が「日本人集団がズニ集団に流入した」と考えている時期のズニの人骨の形状が、それまでとは異なり、頭骨の前後長が短い、いわゆる短頭型に変化している事を示し、現代日本人もまた短頭型である事を指摘します。ですが、中橋孝博さんの『日本人の起源』の254-259ページによれば、中世の日本人は古代や近世に較べて何故か異常に長頭型(+出っ歯)だったそうで、この辺の整合性をどう取るのかも疑問が残ります。

 他にも著者はアメリカの人骨標本と日本の人骨標本を比較して、類似を指摘していますが、いずれもピンポイントで似ているサンプルを持ち出している印象があり、それらのサンプルが全体の文脈にどう位置づけられるのかが見えません。惜しい。

 次に著者が注目するのは血液型です。現代日本人におけるB型の出現比率がおよそ20%強、北米先住民でもズニ以外だとほとんどB型は出現しないのに対し、ズニは10%程度の出現比率を持っているそうです。

 また、腎臓病の発生比率も北米先住民ではズニが突出して高く、他に日本とシンガポールもまた同様の傾向があるそうです(シンガポールってかなり人工的な多民族国家ですけど)。

 最後に著者は、ズニの遺伝子のHLA分析の結果、B*3501という珍しい特性を持っており、これもまた日本人と共通なのだと指摘して、この章を終えます。

 全体として言えるのは、たしかにズニと現代日本人の身体上の特徴は、他の北米先住民に較べれば際だって近いらしいという印象があること。しかし著者は日本についての分析がかなり雑であり、日本国内の地域ごとの違いや、歴史的な変遷をほとんどスルーしてしまっているのと、日本以外のアジア系諸集団を見渡して、それらの中にズニと日本人を位置づけることをしていないという点で、説得力を減じていると思います。

 著者が提起した問題については、人類学者や歴史学者がそれぞれに掘り下げて研究するに値するものだとは感じますが。

 つづくのです。

*ちょっと調べてみたら、原語はcusp of Carabelliで、口腔医学における定訳(この語には慣習的にこの訳語を充てるという共通理解がある訳語)は「カラベリ結節」あるいは「カラベリー結節」のようです。