今日は本の紹介。
阿部珠理『アメリカ先住民:民族再生に向けて』(角川学芸出版、2005年)
阿部さんはアメリカ・インディアンを専門とする社会学者で、私の同窓の大先輩であり、ある時期の私の指導教員だった方でもあります。エディの伝記の翻訳の話でもずいぶんお世話になりました。極めて礼儀に厳しい方で、生来礼儀作法に気を遣うのが苦手でしょうがない私にとっては、無茶苦茶怖い方でもあります。とりあえず阿部さんと話をするときには、まず叱られるのを覚悟してますね。だいたい99%は叱られるし。
さて、タイトルがそのまま表すように、この本は、アメリカ合衆国の先住民の歴史と現状を概観したものです。といっても採り上げているのはメインランドの部族に限られていて、ハワイや北マリアナ(グアム・サイパン)などの先住民は対象外でした。そういう地域は阿部さんの専門外ですし、民族系統も全然違う。そもそもメインランドの先住民だけでも非常に大きなテーマですから、それはそれで良いとは思います。ただ、本のタイトルは誤解を招きやすいので、もう少し副題に気を遣うべきではなかったかとも感じますが。
内容については、やはりアメリカ白人がいかに悪の限りを尽くしたかという話と、20世紀後半から(ハワイアン・ルネッサンスと時を同じくして)始まった「レッド・パワー」の運動が中心ですね。アカカ法案の問題でわかるように、先住ハワイアンはメインランドの諸部族に較べると、さらに権利は制限されているわけですが、メインランドの諸部族にしても、実際のところ連邦政府の虫の居所ひとつであっという間にまたひっくり返されるような弱い弱い立場にしかないということが、まずわかります。そして、ハワイにおいてフラやサーフィン、航海カヌーが先住ハワイアンのコミュニティ再生の原動力になっていったのと同じように、メインランドにおいても諸部族の伝統文化がコミュニティ再生に大きな力を持ったこと、その過程では白人由来の要素や他部族の文化も柔軟に取り入れられていったことも簡潔に解説されています。
面白かったのは、近年の考古学の研究成果を見ると、南北アメリカ大陸にやって来た人類のルートは、実はベーリング海峡ルートだけではなかったんじゃないかという話。もちろんベーリング海峡ルートが最大のものだったことは動きませんが、例えば現在のフランス南部からスペインにかけて存在したソリュートレ文化に分類されるグループが、2万年前に大西洋を横断して来ていたんじゃないかとか(クローヴィス文化のヨーロッパ由来説。異論も少なくない)。また、南米に行くと3万年以上も前と考えられる遺跡が出てきたことから、もしかしたらオーストラリア先住民の一部が南極経由で南米に来ていたんじゃないか、とか。
この辺りは今後の研究次第で、どのようにでも話が転びますから、現時点では何が確からしいのか判断は出来ませんけれども、ちょっと面白いですね。
それと、私はこの本を読んでいてはたと思い至ったのですが、ポリネシア各地の先住民がポリネシア人というアイデンティティを獲得したのは、近代も近代、1976年にホクレア号がタヒチに渡って以降であり、航海カヌーの民というアイデンティティが目に見える形で確立されたのは、おそらく1992年のパシフィック・アーツ・フェスティバルから1995年のタプタプアテア・マラエでのカプ除去の儀式にかけての時期だったということ。実はこういった部族横断的な汎アメリカ・インディアン・アイデンティティが成立したのはメインランドの諸部族においても非常に新しく、ポリネシアン・ルネッサンスと大して変わらない時期だったんですね。言われてみれば、クック来航の時点でポリネシア各地を結ぶ航路の殆どは失われていたんですから、ポリネシア人なんてアイデンティティは持ちようが無かったんですよ。
航海カヌー文化復興運動と汎ポリネシア・アイデンティティの関係なんて、どなたか研究してくれると面白そうです。
また、ご存じのように、リモート・オセアニアの航海カヌー文化復興運動は、ハヴァイロア号建造を通してハイダやクリンギットなど、北米の先住民ともリンクしていますし、星川淳さんの本によれば、アラスカはアラスカでアラスカ式の沿岸航海カヌーの建造とそれによる文化復興の取り組みがあるようです。残念ながらこの本は、航海カヌーというトピックを全く採り上げていませんけれども、この本に加えて北米の先住民コミュニティにおける航海カヌー文化復興運動というテーマを設定した本が一冊あれば、ポリネシアン・ルネッサンスの運動とメインランドの先住民運動を、一つの連続的なパースペクティブで俯瞰出来るはずですよ。
どこかにそういう本、無いですかね?