テレビドラマ「ヒルズに恋して」は例のホリエモン騒動で名前が変わってしまいましたが、ともかくあの六本木の超高層ビル街は相変わらず注目のまとですな。先日も、フリーライターやってる友達の新居におじゃましましてね。
「あ、ここの窓からも見えるのね、六本木ヒルズ。」
「あの最上階に会員制の時間貸しオフィスみたいなのがあって、わたしも会員にならないかって誘われたんだよ。」
「なんやそれ?」
なんでも、そこの会員になるとあの塔のてっぺんあたりにある事務所というのか図書館の自習室というのか、そんなようなものを好きなときに使えるようになるらしいです。
「断っちゃったけどね。」
その人、まあまあ稼いでいるわりには、フリーライターなんかもう廃業するからといつも吹聴しているんです(笑)。正直一途な人なんで色々とストレスが溜まるんでしょうねえ。
さてさて、その六本木ヒルズに限らず、最近の東京はまさに雨後の竹の子のように超高層ビルが生えてますな。私の知る範囲でも神楽坂に西池袋。国立駅前。周囲の景観をつんざくようにしていきなり生える迷惑塔。竹林なら風流だねで済みますけども、超高層ビルとなるとねえ。とにかくどこに居ても目に入るから、目障りなことこの上ありません。
しかし何故、東京でこの時期にこれだけ超高層ビルが建つのか。規制緩和のたまものですよ、ええ。バブル崩壊からこんち、不動産市場と言えば冷え込むばかりでしたけれども、不良債権処理もなんとか終わってやっと都心部の地価も暖まってきた。開発業者はこの機会に久々の大商いをしたいし、都や国としても大規模な再開発事業は多額の現金が動きますから、景気対策になる。そこで都市再生緊急整備地域なる大規模再開発支援策が登場して、なんとこの地域内で上からお墨付きをもらった再開発事業には無利子融資やら社債の優先引き受けやら、業者ウハウハの金融支援が出るんだそうです。とにかく金ならなんぼでも用立てるから、じゃんすか超高層ビルを造れ。そういう政策。
まあ、そういう政策誘導的なものを除いても、都心回帰現象というんでしょうか、マンションブームというんでしょうか、とにかくマンション市場は今動きが活発だってことで、あっちにもこっちにもマンションが建っているわけですな。
それにしても、あのタケノコ的超高層ビル群。あれを作って売りさばいている開発業者だとか、あれに入居してセレブなアーバンライフを満喫しているニューリッチ以外の東京の住人には、どれほどのメリットがあるもんなのか。そりゃあキャッシュフローが増えるのはその業界的には雇用も支えるし良いかもしれませんがね、そういうゼニカネの問題じゃなくてさあ。
そこで面白い議論があります。地球の裏側、ロンドンの中心部、世界の金融センターとして名高いシティ。あそこはまあ古い古い伝統のある街で、だから昔っからの建築物がようけ残っておりますわな。お隣にはかのセントポール大聖堂、世界で二番目にでっかいキリスト教会もある。そういう土地だから昔から景観維持には厳しくって、セントポール大聖堂の眺めを遮るような無粋な建物は建てちゃなんねえという暗黙の了解があった。
ところが。そういう暗黙の了解もあってこの地域にはヒルズみたいなタケノコ塔が建てられないぶん、もっと場末の工場跡地みたいな地域に超高層ビル群が出現して、シティの面々もちょいと焦ったんですな。ロンドンのビジネスの檜舞台、世界の金融センターの地位が危ういんじゃないか。うちでも超高層ビル建てなきゃいかんのじゃないか。
それでロンドンの都市計画の中枢たるLondon Planning Advisory Committee(LPAC)は考えた。「超高層ビルを造らないとシティは滅びるのか?」そして、様々な社会調査と議論の結果、1998年にLPACは報告書を提出しましたが、その中でLPACは「超高層ビルがこれからのビジネス街の都市間競争に不可欠である」という命題をバッサリと切り捨て、シティからの企業の流出は発生していないし、聞き取り調査の結果、多くの企業は超高層ビルの中にあるオフィスを必要としていないと結論づけました。ただし、新興企業や中小企業の中には最新の超高層ビルの中にオフィスを構えることで、自社のステータスが上がると考えている会社も少なからずあると。しかし、中世以来の歴史的都市空間であるシティの価値は、そういった都市空間を更地にしてぶったてる超高層ビルの価値を上回っているであろうと。
面白いですね。超高層ビルの中にあるオフィスの価値は気分の問題であり、しかもそれは成り上がりを目指す人たち、言い換えれば自分の居場所にコンプレックスを抱えている人たちの間でだけ共有される気分である。私これを読んで、自分の男性器のサイズを気にするお兄さんたちのことを思いだしたわけですが(笑)。
まあ、そんなわけで、超高層ビルのオフィスやマンションはこれからのビジネスを勝ち抜いていく為の必須のツールというよりは、そういう世界に生きる自分を鼓舞する為の「自分へのご褒美」なんでしょうね。それはそれで良いんですが、問題はそういうご褒美が地域コミュニティには決してプラスになっていないこと。だって六本木ヒルズの住人、ヒルズから出て生活しますかね? しないでしょ。町内会に参加するか? しないわなあ。あの巨大宇宙船みたいなタケノコ塔の都市空間は、それで生活の全部が完結するようになってますからね。土地との絆を結ばない。土地のスカイラインを破壊し、コミュニティを分断する。
そういう、周囲から隔絶され土との絆を断った街に住む人々が、その中でどんな社会を築くのか。どんな子供を育てるのか。興味は尽きません。ただ、しつこいですが竹林のほうが風流なことだけは確かです。私は風流に生きたいものです。