「センセーはいつも楽しそうですねえ」

昨日「センセーはいつも楽しそうですねえ」と何度もしみじみ言われたのですが、そりゃ確かに彼女たちの顔を見られるというのは私にとって無上の喜びではありますが、それを割り引いたとしても、毎日が楽しいのは事実。

いや、ちょっと待って、君たちは違うのか?

詳しく聞いてみると、なんだ別に人生がつまらなくなったわけじゃないんじゃないですか。仕事は楽しいし、やりがいがあるし。それぞれ誰もが知る大企業に勤めてるわけだし。

ということは「楽しい」と「楽しそう」の間にもう一段、何かあるのだろうか。

以前に別の教え子にも「センセーの周りではいつも何かが起こっている」と笑われたんですが、うーむ、つまり日々が淡々と過ぎていかないということなのか・・・?

帰り道で一つ思いついたことなんですが、私は人にせよモノにせよ、新しい出会いがあると、「これと何/誰を結びつけたら面白いだろうか」ということを考えて、何か思いついたらすぐに、その場で動きます。

予期せぬアクシデントを発生させるのが趣味といって良い。

趣味のあり方として「お金を使う(旅行に行く、コレクションするなど)」と「お金を儲ける(ミンネ、ヤフオク、メルカリなど)」というのが昨今の二大ジャンルだと思いますが、よく考えたら私はそのどちらでも無くて、「アクシデントやハプニングを仕掛ける」なのでした。

お金を使うのも、お金を儲けるのもセオリーや黄金パターンがありますから、回り出すとそれはそれでルーチンワークになりがちですが、アクシデントやハプニングは予想外のことをやらかし、これまで無かった関係性を作ることが基本なので、なかなかルーチンワークには陥りにくい。

だから「いつも楽しそう」「いつも何かが起こっている」のでしょうか?