おせち料理と雑煮

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 この年末年始は留学生が二人、里帰りにひっついて来ました。二人とも太陰暦で正月を祝う文化圏の人間なので、太陽暦の正月には帰省つうか帰国しないんですね。欧米人も冬のビッグイベントは降誕祭なんで、やはり太陽暦の年末年始にわざわざ帰国みたいなのは少ないようです。

 そして、これは盲点だったんですが、留学生はおせち料理を食べたことが無い。

 考えてみれば当たり前の話で、彼らはおせち料理の作り方を知らないし、一人暮らしではそもそもあまりおせち料理を作りません。日本人の友人の家に正月に招かれればチャンスはあるのでしょうが、正月というと親族が行き来するので、なかなかそういう展開にはなりづらい。

 そんなわけで、在住歴それなりに長い彼女たちも日本のおせち料理は初めてだったそうです。大層喜んで食べておりました。大吟醸も飲んで感動していたっけ(笑)

 二人とも来年度は私の3年ゼミに来る予定なんで、そっちの話もじっくりとしましたよ。どこに合宿に行きたいか、どう組織を作るか、どんな商品をどんな枠組みで開発すべきなのか。

 全員の意見が一致したのは「NGOやらNPOやらの売っている商品はダサくて品質悪くて高い」というところ。実は私が期待しているのもその辺で、立教の女の子たちはまことに素直に、その辺ダメ出しするんです。1年ゼミでも、環境系NPOが売っている商品をレジュメで色々紹介してくれるんですが、「じゃ、君らこの商品欲しいと思うか? 買いたいか? 自分の家の中に置いておきたいか?」と訪ねると、もう全員一致で「要らないです。買いたくないです。置いておきたくないです。」となる。容赦無し。手加減無し。

 あの手加減の無さは、コア・コンピタンスになりうると私は考えています。環境系に限らないですが、大概のNPOやNGOって活動のやり方全てが泥臭くて思想臭くて説教臭くてダサダサか、あるいはシーシェパードみたいにマスメディアとタイアップして大衆の俗情をこれでもかと煽って金集めするか、いずれにしても彼女らが眉をひそめるようなクオリティですからね。そういうB級路線に迷い込まないで、活動の大義とか意義とか無関係に商品として魅力的なものを創りたい。そのためには、彼女らのあの感覚がどうしても必要なんです。

 まだゼミメンバーも確定していない段階で、年度替わりまで丸3ヶ月もある時期から、ゼミで何をやるかを学生たちと熱く語れるってのは楽しいですよ。今年も素晴らしい一年になりそうです。