いのり

 先月、山で亡くなった知人の霊前に線香を上げに行ってきました。

 山の経験も沢の経験も豊富だし、肉体の鍛錬も怠らない人だったのですが(ご自宅には筋トレの道具が沢山並んでいました)、それでも賽の目が悪い方に転がればこういうことになってしまうのだなあと、半ば呆然としながら手を合わせて来ました。

 亡くなられた状況については色々と不明な点もあるのですが、もとより私はロードバイク以外で山に立ち入ることは無い人間なので、前提となる知識がありませんから、その方面について語ることは差し控えておきます。

 それよりも私が今日、感じたのは、故人が何故、奥多摩・奥秩父の山をあれほど深く愛していたのか、その理由です。それはもう、故人のご自宅の敷地に一歩立ち入っただけでわかりました。庭の片隅に鎮座した社、古色蒼然とした蔵、そして奥多摩の伝統そのものである兜造りの茅葺き屋根の母屋。そこに漂っている空気からして違うのです。霊気という表現が正しいかどうかわかりませんが、なにかとてもスピリチュアルな場所なのです。

 私は深く納得しました。あの人の魂と肉体は、奥多摩の大地と繋がっていたのだと。檜原村の民話で源兵衛という怪力の男が登場しますが、彼は現代に生きた源兵衛だったのかもしれません。その魂が奥多摩の山に還るのは些かという以上に性急だった気がしますが、これからは山に棲む神様の一柱として、存分に山を駆け回って楽しまれるのでしょう。

 少し涼しくなったら風張林道で故人とTTの勝負をしてみようと思います。ダウンヒルでは完敗でしたが、ヒルクラなら私の方が強かったですし、今でも私のが強いことを見せつけなければいけません。故人は私のバイクの傍で「かとうさん、やりますねえ」とニコニコしているはずです。