チャールズ4世って誰だよ

 先ほど(21時15分)に黒猫さんが現れて、パンフの見本5部を置いて去っていきました。東京では明日公開ですからね。さすがにもう出来てないとおかしいわけで、東宝ステラさんはきっちり期日に合わせて仕上げてきたということです。

 さて、今日は前祝いでスペインのワインを1本買って来て開けたのですが、さっきラベルを見ていて妙なことに気づきました。メルシャンが輸入した「フアン・フランシスコ・ソリス・レセルバ」という赤ワイン。カスティーリャ・ラ・マンチャ地方の銘醸地バルデペーニャ(行ったことあります)産です。メルシャンのウェブサイトにはこんな風に書かれています。

「 『フアン・フランシスコ・ソリス』は、18世紀にスペインの独立戦争の際、ナポレオンの軍隊と戦ったソリス家の先祖の名前にちなんで造られたワイン。後に彼はチャールズ4世からその活躍を認められ表彰されます。その際譲与された土地でワイン造りを始め、その情熱的で高品質なワインは現代まで受け継がれ、世界中で広く親しまれています。ティント、ブランコ、レセルバの3種で、レセルバは網掛けボトルでスペインの伝統感を表しています。」
http://www.mercian.co.jp/company/news/2004/0442.html

 ひっかかるのは「チャールズ4世からその活躍を認められ」という部分。チャールズというのはイギリス語の名前ですが、チャールズ4世なんて王様はイングランドにはいなかったはず。誰だこれ?

 1分くらい考えてしまいましたよ。これってつまりその、ナポレオン戦争時代のスペインの王様だった、カルロス4世のことじゃないですか。まったく。何でこんなバカな文章が生まれたのでしょうか? 多分これ、もとは英語の文章で、それを英語の勉強だけしてきた翻訳家が訳したんだと思います。西日の翻訳ならカルロスをチャールズにするなんてあり得ないですからね。

 これで思い出したのが、とある大学の某新設学部の話。そこはその昔、通訳者として大層活躍された方が発起人になって作った学部で、翻訳やら通訳やらの学術的研究や充実の語学研修を看板にしています。なんでも開設初年度の入試の倍率は40倍を超えたとか。ずいぶんと景気の良い話で結構なことなのですが、通訳業界については知りませんけれども、翻訳家を育てるという話であれば、高校を出たばかりの若者にいきなり翻訳論と語学(しかも喋りメインの)を中心とした教育を施すのはあまり良いやり方ではないと私は思います。

 カルロス4世をチャールズ4世と訳した翻訳家は、要するにヨーロッパの近代史も知らなければヨーロッパ人が他国の王や貴族の名前を自国語読みに変換していることも知らなかったわけです。例えばスペイン王カルロスCarlosはドイツ人にはカールKarl、イングランド人にはチャールズCharles、フランス人にはシャルルCharlesと呼ばれます。しかも連中はごく少ない名前を使い回しているので、神聖ローマ皇帝カールもイングランド王チャールズもフランス王シャルルもスペイン王カルロスもうじゃうじゃ居る。だから、本来この手の文章が出てきたら翻訳家は年代と国と事績を入念に確認して、どの国の誰の話なのかを見極め、カルロスかカールかチャールズかシャルルかを決めなければいかん。

 こういう知識は、語学だけやっていても身に付きません。翻訳論なんか多分何の役にも立ちません。地域研究も駄目。だってスペインのことだけ勉強していたってチャールズやシャルルの話は出てこないんだもん。

 この場合、理想的なのは歴史学をきちんと学んでいること。何度も書きますけど、翻訳の仕事は語学以外の部分の知識の厚みが勝負を分けます。別に歴史学を学ばないと翻訳家になれないと言いたいわけではありません。社会学でも地理学でも文化人類学でも良いでしょう。医学、工学、理学、薬学も非常に有用です。まずは何か一つ、伝統的な学問の基礎をきちんと身につけることが大事です。

 ただ、現状、日本の翻訳家の大半は語学しか出来ない人たちであることも事実です。さまざまな映画の字幕を見ていても、トリノをトゥーリンと訳してみたり(それは英語読みだ!)、レパントLepanto(固有名詞・地名)とレバンテlevante(一般名詞「東」)を取り違えてみたりと珍妙な訳の例は枚挙に暇がありません。それで通用してしまっている業界であるとも言えますし、カルロスがチャールズでもワインの味は変わらないだろうと言われればその通りなのですが・・・