Pre Delivery Inspection

「プレ・デリバリー・インスペクション」略してPDIという言葉をご存じでしょうか? 工業製品の販売前点検のことです。特に有名なのは輸入車の陸揚げ後の点検で、ヤナセやフォルクスワーゲン、BMWなどはいずれも巨大なPDIセンターを持っています。

 さて。最近は輸入車も製造品質が上がったので、そこまで過激ではないかもしれませんが、1970年代や80年代などは、このPDIセンターで一度完全に分解して車を組み直すということが当たり前に行われていました。何故なら、輸入したままではほとんど車の形をしたガラクタみたいなもので、いつどこが壊れるものかわからなかったからです。だからより厳しい基準で再生産していたんですね。

 ちなみに現在でもFで始まる赤くて平べったい高級外車など、PDIセンターで完全再塗装される車が数割あるそうです。そこまでやらなくても、日本という土地の法律と気候に合わせた改修はどこでもしています。でないと商品として一般消費者に渡せない。

 ところで翻訳の世界は面白いものでして、原文に欠陥があればその欠陥を忠実に訳文に反映させるべきという立場と、PDIと同じく欠陥品は水際で全て跡形もなく改修しなければいけないという立場があります。まあこの他、翻訳前はまともなものだったのが、翻訳後は箸にも棒にもかからない大欠陥品になっていたみたいなケース(学者による研究書翻訳の相当数と字幕翻訳や吹き替え翻訳の一部)もありますが・・・・

 「カピタン・アラトリステ」翻訳チームの中で欠陥の改修に躊躇しないのは私です。とことんやって良いと言われたら本当に全分解して別の車に再構成してます。元の設計でも一応動くけど、こちらの設計のが遙かに良いと思ったら躊躇い無くやります。

 そうでない立場の人ももちろん翻訳チームの中にはいます。どの意見が通るかというと、実は決まったルールはありません。各自の忙しさとか気力、タイミング次第で結構変わります。面白いものですねえ。

 余談ですが、学者翻訳が駄目な理由の一つに、「ゼミ生に輪読で翻訳させたものを、先生が訳語の手直しだけちゃちゃっとやって、自分名義の訳書として出版してしまう」というなかなかに巫山戯た真似をする人がいっぱいいるからというものがあります。大学の先生が出した訳書は中身を充分吟味してから買うことをお薦めします。