かわいそうな伯爵

 1巻から既に存在感を発揮しておられますオリバーレス伯爵。3巻あたりからは伯公爵に固定なのかな? さて、このお方、当時も現在もスペインでは非常に評判が悪いのだそうです。現在の評価は「フェリペ4世治世下で独裁的な寵臣政治を行って、スペイン凋落の最終的な引き金を引いた」。

 ですが、作中の描写からもわかるように、彼は単なる無能な寵臣ではありませんでした。少なくとも、17世紀前半にスペインと対峙していた国々(フランス、イングランド、オランダ)の政治家たちが最大の難敵と見ていたのは彼だった。また、当時の外交官たちが国元に送っていた報告書から、彼が極めて勤勉な人物だったこともわかっています。スペインの国務を殆ど一人で取り仕切っていたわけですからね。

 彼が政治の表舞台に登場した1620年代前半から失脚した1640年代初頭に至るまでの20年間、スペインの課題は同じでした。無秩序に増殖した属領をいかに統治するか。破綻した財政をいかに立て直すか。

 第一の課題も第二の課題も、改革の実現を阻んでいたのは「既得権」というやつでした。アラゴンやカタルーニャ、ポルトガルなどの属領は、カスティリアの政治権力による統治を徹底的に阻み続けました。ちなみに、合理的に考えればこれらの属領はカスティリアと緊密に連携を取っていった方がお得なのです。少なくとも1630年代まではカスティリアの陸軍力は欧州最強でしたから。この軍事力を利用して貿易や商工業、金融業などを振興していけば、イベリア半島はもうしばらく世界帝国を維持出来たかもしれません。

 しかし、彼らは正反対の行動を取りました。1640年、カタルーニャとポルトガルが相次いで大反乱を起こします。内輪揉めです。まだ三十年戦争も西仏戦争も続いているのにですよ。さらにこの頃、アンダルシアも反乱を企てていたと言います。結局ポルトガルはこれで独立してしまいましたし、カタルーニャは既得権を保証されることで矛を収めました。

 第二の課題についても、オリバーレス伯爵の改革は頓挫しました。彼はカスティリアの生産力を考えると、現在の税収は少なすぎると考え、大胆な税制改革を試みたのです。具体的には貴族階級への課税と、収税制度改革です。しかし前者は貴族階級の大反抗を引き起こし、後者は収税制度の複雑さを悪用して私腹を肥やしていた汚職官吏たちの抵抗を受けました。

 彼らが使ったのは、顧問会議での徹底的な抵抗を続ける裏でフェリペ4世に働きかけて、オリバーレス伯爵を失脚させるという戦術でした。そしてこれは成功します。オリバーレス伯爵は突如、公職の解任を通告されて隠居を申し渡されます。既に長年の激務で消耗しきっていた彼は、この2年後にレオンの隠居先で消耗死してしまうのです。

 現在、研究者の中には彼を同時代のフランスを支えた宰相リシュリューに比肩する大政治家として捉えなおそうという動きもあるそうです。