El Misterio Velazquez

 なかなか面白い中編を読みました。

 エリアセル・カンシーノ『ベラスケスの十字の謎』宇野和美訳、徳間書店、2006年

 原著は1998年に発表されています。いわゆるジュブナイル小説ですね。主人公はフェリペ4世の宮廷に使えた道化という設定です。「アラトリステ」では3巻のエピローグに登場していたベラスケス、あれは1630年代初めということになっていましたが、この本は1650年代の王宮が舞台。ということは、もちろん隊長やコポンス兄はロクロワで戦死していますね。イニゴくんは1609年前後の生まれだから、ベラスケスが1660年に死んだ時には51歳。だからイニゴくん40代中盤から50代にかけての時期ということになります。ってことは、おそらくこの物語の時期の王宮の近衛隊の幹部クラスだったでしょうね。

 さて、どんなお話かと申しますと、原題はEl Misterio Velazquez(ベラスケスの謎)ってなものでして、邦題と合わせてとにかくベラスケスにまつわる謎というのはわかりますやね。それで、以前にも紹介したような気がしますが、ベラスケス晩年の超大作「女官たち」の中に描かれたベラスケスの胸にある赤い巨神兵マーク。我らがケベード爺の胸にも入っているあの聖ヤコブ騎士団の紋章なんですが、あれはベラスケス自身が描いたものではなく、彼以外の誰かが描いたものなんです。王室所有のベラスケスの名品にそんなことをしてしまえるのは、所有者であるフェリペ4世陛下なんじゃないかってのがもっぱらの噂なんですが、この本ではその犯人を別の人物として、物語を構築しているのですな。

 プロットは、まあ中編ですからあまり複雑なものではないですし、スレた読者なら途中で読めてしまう部分もありますが、全体としては17世紀スペインの雰囲気は上手く出せていると思います。訳文は、ちょっと拙いというか舌足らずな表現が気になるといえば気になりますが、もともとの設定がティーンエイジャーの手記ということになっていますから、あまり美麗だったり重厚だったりする方がおかしいとも言えます。「アラトリステ」シリーズの愛読者であれば、そこそこ楽しめるのではないでしょうか。

 ちなみに私が面白いなと思ったのは、フェリペ4世の人物造形ですね。「アラトリステⅤ:黄衣の貴人」でも最後に味のあるところを見せてくれる彼ですが、この本でもただのボンクラ馬鹿殿ではなく、意外に思慮深い国王というような描かれ方をしているんです。歴史の概説書では画家のパトロンとしてしか評価されない凡庸な国王という評価が基本の彼なんですが・・・何なんでしょうねえ、やはりスペイン人作家が17世紀スペインを舞台に物語を作るとなると、ちょっとは気の利いたセリフや役割を与えたくなるもんなんでしょうか。