フェルメールの真作を切り欠く男たちの勇気に乾杯

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 諫早湾干拓事業の工事差し止め処分が高裁で却下されました。

 あ~らら、というか何というか。

 却下の理由は「工事と漁業環境悪化の関連性を否定できないが、複合的な原因の一つとして、工事が漁業被害をもたらす可能性があるという程度にとどまる。」

 ひらたく言えば「工事が原因で海産物が取れなくなったのかもしれないけど、それが証明されたわけじゃあないよね。」という事ですな。一応、「九州農政局は中・長期開門調査を含めた有明海の調査・研究を行う責務がある」という文言もくっついていましたけども、これは命令じゃないですからね。忘れたふりをして工事を進めて既成事実を作ってしまうという、この手の紛争では王道とも言える展開を既に計算している方々も沢山いるかと思います。

 まあ、今更海を干してまで農地を拡げてどうするの、という所は置いておきましょう。

 無駄金を使うのもまた人間の一つのありようですし、やっているのは私たちが選んだ国会議員と政府なんですから。誰を責めることも出来ない。

 むしろ私が感心するのは、工事を押し進める人々と、それから高裁の裁判官氏の勇気ですね。蛮勇と言っても良い。

 諫早湾の生態系がどのように組み上がり、どのようにバランスしているのかというのは、実はさっぱりわかっていないんです。そりゃそうでしょうよ。日本のウナギの産卵海域だってまだわかっていないくらいだし、鰯の漁獲量が定期的に増減する理由だってわかっていない。海の中はわからない事だらけ。まして、諫早湾のように閉鎖的な海域の生態系というのは、言ってみれば自然が長い長い時間をかけて組み上げた芸術品ですよ。ね。素人が目先の都合でいじってどうにかなるもんじゃない。

 例えば。みなさんの手元にフェルメールの真作があるとする。別にレオナルド・ダ・ヴィンチでもルノアールでも良いですが。それは家に伝わったんだか株で儲けた大金をつっこんだんだか、ともかく税務署にも何一つ後ろ暗い所なく、あなたの所有物であるとする。

 そんなある日、あなたは道ばたで見かけたベンツのSLRマクラーレン上代5775万円が欲しくなっちゃったけど、ちょいと手元不如意なんで、「じゃああのフェルメール、すみっこを切り取って売ったら6000万円くらいにならねえか?」とか思いつく。

http://catalogue.carview.co.jp/MERCEDES-BENZ/SLR_MCLAREN/latest/overview.asp

 それでカッターでフェルメールの真作を切り刻んで画商に持っていく人というのを、我々は馬鹿と呼びます。知能指数を疑わざるを得ない。世界に数十枚しかない超一級の芸術作品を切り欠いて売る奴はいませんや。そのままなら値段のつけようがない、他に取り替えの利かないものだったのに、一瞬の暴力でそれは失われてしまう。もう直らない。

 3月に私は柳川市で有明海の海の幸を楽しんで来ました。仲居さんが自慢げに説明してくれる絶品の数々に悶絶の連続でしたよ。そんな宝の海。前回は有機水銀を垂れ流して汚損してみましたが、それがなんとか拭き取れたと思ったら、今度は別の部分を切り欠いて、どこにでもある田圃や畑にするってのは、底抜けの勇気ある人間にしか出来ない所行ですわね。

 神をも畏れぬ、と言っても良いでしょう。

 芸術作品というのは、人間にたまたま宿った神様の力が産み出す。古来、数多くの哲学者が芸術作品の謎について考え、このように結論づけて来ました。イマニュエル・カントとかね。要するに「何でこんな凄いものが出来ちゃったのかわからない。」って事です。偶然の産物ね。神様の気まぐれが産み出した奇跡のバランスこそが芸術作品。それを素人がいじったって、元のバランスより良くなる事は100%ありません。あそこをこういじれば、こっちがどうなるなんていう、単純なものじゃないんですよ自然も芸術作品も。ほんの些細な変更が全体に影響を与える。そして、一度壊してしまったバランスを治せるのは、神様の力だけです。神様にお返しして、また長い長い時間をかけて組み直してもらうしかない。

 だから、そういう貴重なものは、敢えて手をつけないでそのままにしておく。自然を畏れる心を持つ。自然や芸術作品は丁寧に扱いましょう。

 あくまでも私個人が推奨するやり方ですがね。