今日は本駒込の常徳寺という浄土宗のお寺に行った。
ここは父方の祖母の親戚だということは知っていた。15歳、高1の3月に名古屋からロードバイクで遊びに来て(ホビージャパンのタクティクスコンベンションに参加するため)泊めてもらったこともある。行ってみると、ああ、梅子さん知ってますよと言われた。そこで聞いた話はかなり込み入っている。
祖母を育てたのは福島の会津出身の長原某という盲者と、新潟出身の丸山サダという女性の内縁の夫婦であったそうな。二人が書類上結婚しなかったのは、どちらも最年長の子だった、つまり長女と長男であったので、名字の継承をしなければならなかったからだという。長原某は本郷通りの駒込警察署浅嘉交番がある辺りで按摩をしていたとか。
祖母は芝神明町の子沢山の家から貰われてきた娘で、上に二人の義理の兄がいた。長兄が丸山貞二さん、長姉が長谷川信さんといい、いずれも養子で、長谷川信さんが常徳寺に入った人である。長谷川というのは常徳寺の名字だから、元は丸山か長原を名乗っていたのではないか。
祖母はおそらく名古屋の金山の商家の次男であった辰雄という人と東京で結婚して、渋谷の円山町に住んだ。父は1944年の生まれだが出生地は円山町である。ちなみに自分の曽祖父に当たる長原某は盲者だったので足手まといになると疎開せず、1945年3月の東京大空襲で亡くなったという。その後、祖母と祖父は愛知県刈谷市泉田町に移り、自分もそこで生まれて小3が終わったときに東郷町に引っ越した。ここには父の姉一家やその長男一家が今も住んでいる。
今日お会いした方は祖母の次兄の娘さん、つまり祖母から見て姪に当たる人だが、祖母の二人の兄も全て養子だったので自分とは血のつながりというのは無い。
ただ、丸山の養子たちはずいぶんと仲の良い兄妹だったようで、特に長兄に当たる丸山貞二という人は東大を出て官僚になったそうだが、よく弟妹の面倒を見たという。この人のお墓は鎌倉にあるそうだが、今も墓参りに行くという。数年前には父の姉、つまり祖母の長女も一緒に墓参りに行ったそうな。
それでこの鎌倉大仏のメダルなのだが、自分の記憶では小学校1年生か2年生の時に祖母に連れられて鎌倉に行った際に買ってもらったものである。だから、おそらくその丸山さんにも自分は会ったことがあるのではないか。東京の区が地方自治法で特別区となる直前、昭和19年の6月から10月まで半年間、練馬区長を務め、昭和21年4月1日から11月29日まで渋谷区長を務めた人が丸山貞二という名だが、この人だろうか? ちなみにこの時代の区長は官選である。
ちなみに祖母の実の兄弟は7人だか8人だかの兄弟姉妹だったそうだが、その長兄という人は自分が子供の頃には八王子に住んでいて、何度かお会いしたことがある。