20世紀の日本を代表する民俗学者、宮本常一さんの回顧展が府中市郷土の森博物館で開催されています。7月1日まで。宮本さんは周防大島の出身で、研究者としての正規の訓練はかなり遅くまで受けなかったのですが、勃興期の民俗学の現場に深く関わり、柳田国男とはまた別の立場から民俗学の基礎を作られた方です。
では何故このウェブログで紹介するのかということですが、実は宮本さんは日本の漁業文化の研究にも多大な影響を与えておられるのですよ。もともと民俗学という分野は稲作農民を主な研究対象としていて、漁民や山民のような人々はあまり相手にされていなかったのです。それが柳田国男流の民俗学でした。一方、宮本さんは周防大島という、稲作ではなく漁業や山仕事、大工などが主な産業という土地に生まれましたから、稲作農民以外の暮らしに鼻が効いたんですね。そこを見込まれて大実業家で民俗学のパトロンであった渋沢敬三に引き立てられていくわけです。
宮本さんは後に近畿日本ツーリストが開設した観光文化研究所(現在は廃止)の所長にもなるのですが、この時に部下であった森本孝さんを日本の漁業文化研究に向かわせています。森本さんが日本の漁業文化研究の第一人者となるきっかけは、宮本さんが作ったんです。
その森本さんは水産大学校の教官を退官した後、周防大島の沖家室に住まわれました(今もそうなのかは知りません)。沖家室の漁民がハワイの日系人漁業の中核を担っていたことを明らかにしたのも森本さんです。カワノ・ヨシオさんが沖家室の人だったんじゃないかという説も、そこから私が思いついたんですよ。
「「宮本常一の足跡~旅する民俗学者の遺産~」
* 会 期 :4/28(土)~7/1(日)
* 会 場:博物館本館 1階 特別展示室
* 観覧料:大人200円 中学生以下100円(博物館観覧料として)
日本のすみずみを歩いた「旅する民俗学者」・宮本常一(1907~1981)は、協力者・渋沢敬三のもと、アチックミューゼアム(現・神奈川大学日本常民文化研究所)で、失われてゆく資料の収集整理に尽力し、日本を代表する民俗学者として民俗調査、民具調査、日本の農林業振興、離島振興、佐渡の國鬼太鼓座(現在の鼓童、鬼太鼓座のルーツ)結成、周防猿まわしの復活等の芸能振興など、多方面で活躍した人です。
また、『忘れられた日本人』等、数々の名著を残したことでも知られています。現在も刊行中の『宮本常一著作集』(未来社)は、まもなく50巻になり、全ての著作を収録すれば、100巻をこえると言われています。
宮本は、昭和36年(1961)から亡くなるまでの約20年間、府中市に住み、武蔵野美術大学教授、日本観光文化研究所所長、府中市文化財専門委員会議長などをつとめました。『府中市史』(下巻 民俗)の編さん、郷土の森博物館の建設計画にも関わっています。
本年、平成19年は宮本常一生誕100年にあたります。これを記念し、宮本の日本全国の足跡を、ゆかりの品々からたどります。」