ヤップ島から第一報

 ヤップ島在住の日本人ダイビングガイド、「suyap」さんのウェブログに、ヤップ島に到着したホクレアとアリンガノ・マイスの様子が紹介されています。

アリンガノ・マイスとホクレアがヤップに到着 | ミクロネシアの小さな島・ヤップより
ここんとこ、ニホンの1部の人々やメディアの間で、ミクロネシア、サタワル、ヤップなどが話題になっている。それは十分に知っていたが、わたしはきょうまでこの話題...

 なお、他にも色々と日本やハワイにおける言説についての批判が書かれていますので、是非お読み下さい。

 suyapさんの意見に関する私個人の感想ですが、私自身はこの方の批判には一理あると思います。私もまたホクレアに関する諸言説のうち、学術的根拠の無いものや過度にナイノア・トンプソン氏とポリネシア航海協会を美化したものについては、その都度批判を書いて来ました。少なくとも内田正洋さん、ナイノアさん、ポリネシア航海協会について言えば、おそらく最も大量の批判を公開してきた人間でしょう。

 しかしその一方で、suyapさんの意見に傾聴すべき点があるとしても、この語り口そのものがその到達範囲を著しく減損するであろうとも感じます。もったいないことです。

 ポリネシア航海協会の上手いところは、徹底的に綺麗事に拘ってものごとを進めているところです。もちろんポリネシア航海協会の運営方法にはおそらくかなり問題があって、私自身もどうかと思う部分が少なからずありますし、ポリネシア航海協会とは別の主体として伝統的航海術に関わっている方々の多くから、「本物の伝統をあまりに軽視している」「非民主的な組織である」という評価を伺っております。ですが、こうした批判がポリネシア航海協会の土台に痛撃を与えられない理由の最大のものは、ポリネシア航海協会の綺麗事があまりに徹底しているためだと私は見ます。綺麗事は案外強いのです。

 たとえその組織のありようがいくつかの問題を抱えているとはいえ、綺麗な言葉を語り、綺麗なことをしてみせている。そうしたことが、ポリネシア航海協会に一定の信用を付与しているはずです。人口100万ちょっとの社会で数千万円を集めて、それで航海カヌーを造ってポンと隣国に寄贈してみせるというのは、やはり賞賛されて然るべきことなのです。

 仮にsuyapさんがもっと綺麗な文章をお書きになるならば、その文章に書かれてあることを信じてみようかという方も、もっと増えてゆくのではないか。「売文業者」というような品の無い単語は使わない方が、せっかくの問題提起もより多くの人に届くのではないかと思った次第です。論説文として見た場合、他にも純粋に技術上の問題を色々と指摘出来るのですが、ともかくもっとも重要な問題点として文章の美観のみを指摘するに留めます。

 なお、マウ師が「ミクロネシアの青年は、伝統航海術を身につけようとするものがいないから、ハワイイやニホンの若者に、この技術を残したい」と語ったという説についてですが、私にはこのソースが思い当たりません。マウ師ご自身が自らこうした発言をされるわけがないという点では私はsuyapさんに同意しますが、石川直樹さんの『いま生きているという冒険』では、石川さんがそうした希望を申し述べてマウ師に弟子入りをお願いする場面がありますけれども、マウ師はただ「わかった」と答えられただけだとあります。1970年代以前にサタワル島に行かれた門田修さんや須藤健一さん、秋道智彌さんの本や論文にもそういった話はありませんでした。あとは内野かな子さんくらいだと思いますが、内野さんの文章にもそういう話は無かったと思います。suyapさんはミクロネシアの航海術について書かれた文章の信憑性をも問題としておられるのですから、ご自身の立論の基礎となるべき論拠については、もっと丁寧であって然るべきでしょう。

 ちなみにマウ師が自分の航海術を日本やハワイの人間に可能な限り伝えたいと考えておられるのは、おそらくは事実だと思います。というのは、仄聞する限りではマウ師は極めて合理的かつ現実的なものの見方をする方であり、そうした立場から「道具に頼った航海術しか使えない人間は、海に出ていて道具が壊れたらそこで死ぬしかない。リスクマネジメントの点から言って、海に出る人間は(どこの人間であろうと)全てこの航海術を学ぶべきだ。」と考えておられるそうだからです。重要なのは伝統・・・ではなく現実なのです。付言するならばグラスファイバー製のポリネシア式航海カヌーをリクエストしたのもマウ師であり、その理由も「沢山人やモノが載せられる。ミクロネシアの航海カヌーより長距離を航海出来る。」という、合理的なものだったとされています。

 それと、この方は記事の末尾でサタワル島に一気に人々が訪れることの影響を懸念するメイソン・フリッツ氏の言葉を紹介しておられるのですが、引用された部分の直前に「Scores of water containers, food items and gifts have been loaded onto the canoes and also the passenger ship.(大量の水、食料、そして(島民への)贈り物が船団に積み込まれた)」という文言があるわけで、少なくともポリネシア航海協会がそういった部分に配慮しているということをもきちんと示すべきではないでしょうか。

 なお、suyapさんがウェブログにおいて批判しておられる石川直樹さんについては、こちらにも批判(というより非難)が書かれています。色々な意味で興味深い文章です。
http://www.naturesway.fm/archives-j.html
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suyapさんこと安井三惠さんのダイビングショップはこちら。ちなみにヤップ島で日本人ガイドがいるダイビングショップは2軒だけだそうですから、貴重ですよ。
http://www.naturesway.fm/index2.html