中堅女優のモヤモヤ(前編)

 Lさんは中堅の女優です。芸歴は長く、子役時代からコンスタントにテレビドラマや映画や舞台に出演しています。20代に入ってもお芝居の実力が買われて仕事が途切れることはありませんでした。

 今年、Lさんは28歳になりました。芸歴は20年の大台に乗っています。Lさんの高い演技力は業界では広く知られており、これからも仕事が途切れることは無さそうです。

 ですが、Lさんはこの5年ほどモヤモヤを抱えていました。自分に回ってくるのはいつも地味な脇役ばかりで、主人公やその恋人、親友といった大きな注目が集まる役には縁がありません。そういった役を手に入れるのは自分よりも遥かに芸歴が浅く、お芝居も下手な子ばかりなのです。どうやら自分に期待されているのは、実力が伴わない若手や新人を演技力で支える役割のようです。

 もちろんそういう仕事も好きなLさんですが、自分の持っている全ての力を出し尽くしているとも思えません。子役やティーンの頃はそれなりに大きな役が回ってきていたのに、なぜなのでしょう。

 周りにいる友人たちに相談しても「Lちゃん可愛いからそのうちいい役も回ってくるよ」と言われるばかりです。

 モヤモヤを抱えたまま仕事を続けていたLさんはある日、友人に「面白い人がいる」といって、Sさんという男性を紹介されました。Sさんはブランディングコンサルタントと名乗り、Lさんの話を一通り聞くと、手元のスマートフォンでささっと何かを調べてからにこりと笑って言いました。

「なるほど。事情はわかりました。お役に立てると思います」

 それからSさんはスマートフォンの画面をLさんに見せました。画面にはLさんと同い年の女優のHさんのインスタグラムが表示されています。半年前にドラマで共演した同じ事務所の女優さんです。Hさんはヒロイン、Lさんはその職場の同僚役でした。

「この女優さん、フォロワー数が20万人ですね。Lさんは2万人。まずはここを改善しましょう」
「改善ってどうするんですか?」
「データです。データをきちんと見て数字を追います」

 それから3日後。SさんはLさんのインスタグラムで人気のある投稿を調べ、幾つかのスクショを送ってきました。

「これがLさんの投稿で特にいいねがついたものです。理由は何故でしょう?」

 Lさんには理由がわかりません。次にSさんは別のスクショを送ってきました。

「これはいいねが少なかった投稿です。違いはわかりますか?」
「私の顔が写っている方がいいねがつきますね」
「そうです。女優さんのインスタグラムをフォローする人たちはまず、女優さんの顔が見たいんです。数えてみたらLさんのインスタは投稿の半分が食べ物やネイルやアクセサリーでした。そういう投稿もアクセントにはなりますが、男性のファンはネイルやアクセサリーには興味がありません」

 たしかにネイルやアクセサリーの投稿はLさんの顔の投稿の半分くらいのいいねしかついていません。

「まずは顔が写っている投稿を増やしてください。Hさんは顔が写っていない投稿は1枚もありません」

 Lさんは言われた通りに顔がきちんと写っている投稿を心がけていきました。するとフォロワー数は増え始めて、1ヶ月後には2万5000人になりました。

「ファンがツイッターにシェアしたくなるのは顔が写っている投稿です。それを見た人がLさんのインスタグラムをフォローしてくれたんですよ。いい傾向です。では次に行きましょう」

 今度はSさんはHさんのインスタグラムの投稿が9枚写ったスクショを送ってきました。次に同じ構図のLさんのインスタグラムのスクショ。

「はい、違いはわかりますか?」

 Lさんは2枚のスクショを見比べてみました。なんとなくHさんのインスタグラムの方が明るくて華やかなイメージです。でもその理由が言葉に出来ません。

「違いは感じるんですが、理由が上手く言えません」
「ではまずLさんとHさんの肌の色を比べてください」
「私の方が暗いですね」
「ポーズはどうでしょう?」
「私の方が単調に思えます」
「表情は?」
「私の方がムスッとしてますね」
「服は?」
「私の方が地味ですね」
「一緒に写っている人はいますか?」
「私は全部、自分一人ですね」

 Hさんの投稿には時折、他の芸能人と一緒に写ったものが混じっていました。Sさんが説明してくれました。

「では答え合わせです。Hさんはプロカメラマンに撮ってもらったカットを沢山投稿しています。プロが撮るものはライティングもポーズもメイクも衣装もしっかりしていますから、見栄えがします。プロが撮っていない投稿は収録の現場で撮っているものが多いですが、こういうオフショットもファンがシェアしたくなるので効果的です。マネージャーさんに撮ってもらっているものも、Hさんはきちんと表情やポーズを作っていますし、画像の加工もしてますね」

 言われてみればうなずけることばかりでした。

 Lさんは気が向いた時に思いつきで投稿するだけだったのですが、Hさんはどんな投稿にいいねがつきやすく、どんな投稿がシェアされやすいのかを入念に計算して、それに沿ってインスタグラムを使っていたのです。

 Sさんは言いました。

「Lさんのお芝居の実力は凄いのですが、それだけがLさんの魅力ではないと思いますよ。それをより多くの人にアピールするには、データを見ることが大事なんです」

(続く)