サタワル島での伝統的航海術修行の日々をつづった「The Last Navigator」を久しぶりに開いて眺めていたら、面白い記述がありました。
実はマウ師にはウウルパさんという弟さんがいて、この方も伝統的航海術の伝承に熱心に取り組んでおられる方なのですが、「The Last Navigator」の著者トーマスが彼に「兄をライバルと思っていますか?」と問うた所、笑われてしまったんだそうです。
「ライバル? 有り得ないね(爆笑)。俺と兄貴のレベルってのは、この島からプルワットと同じくらい懸け離れてるよ。何百マイルとね。」
ウウルパさんとマウ師の違いというのは、単に技術とかそういったものではありません。
覚悟が違う。
マウ師はサタワル島の言葉でpwoと呼ばれる存在です。pwoとは航海士としての資格のようなものらしいのですが、一端pwoになると、様々なタブーを受け入れなければいけません。トーマスがちょこっと書いていただけでも、「生理中の女性が作った食べ物を食べてはいけない」「航海に出る前の一定期間、そして航海から帰った後の一定期間、女子供に会ってはいけない」などなど。
仏僧の戒律のようなもんでしょうかね。
でも、どうなんでしょうか。「生理中の女性が」なんてタブーをフェミニストが聞いたら激怒しそうですよね。そういえば大相撲の土俵の中に入りたいと長年ブツブツ言っている大阪府知事なんてのもおりました。
これって女性差別、なんでしょうか。
私はちょっと違う感想を持ちました。というのも、ウウルパさんは、こういったタブーは自分にはハード過ぎるから、結局pwoにならなかったんだと語っているからです。ウウルパさんの気持ち、わかりますよね。そういった色々なタブーを守るってのは、結局は自分が余計な面倒を背負い込むってことです。明らかに不便だし、つらい。航海から帰っても女房子供にすぐに会えないんですよ。それってどうなのよ。やせ我慢ですよね。
じゃあ、何で彼らはそんなやせ我慢を受け入れるのか。
それはたぶん、やせ我慢をしてでも守りたいものがあるからです。航海の安全無事です。
もちろん、様々なタブーを受け入れる事と航海の無事との間に科学的な因果関係なんてものはないでしょう。かつてハワイの王妃がキラウエア火山に出向いてわざわざタブーを破ってみせた時のようにね。
ですが、航海カヌーの旅となると、少し話が違うと思うんです。石川直樹さんが一度サイパンからサタワル島までマウ師の航海カヌーに乗った事があるそうですが、風の具合が芳しくなくて、カヌーに乗っていた者の中には極度のストレスで神経症の症状が出てしまった方もいたそうです。航海カヌーの旅というのは、やはりそれほどのストレスがかかるものです。特に伴走船なんかつけないピュアでオリジナルな航海なんかはそうでしょう。
そんな時、私たちが考える事は、やはり神頼みです。自分にとって大切な何かを差し出すから、「その替わりに」、航海の安全無事を与えてくれと願う。ね。私たちだって何か神頼みする時には、大好きなものを「絶つ」事も多いでしょう? 大嫌いなものなんか絶ったって意味ないと思うでしょ? 無理しなくてもそんなもの絶てるんだからさ。
ということはですよ。サタワル島のpwoが女性や子供を遠ざけるのは、裏を返せば、それだけ彼らも女性や子供を愛しているからなんじゃないでしょうか。そもそも彼らが海に乗り出して行くのは、男だけの為じゃありませんもん。美味しい魚を捕ってきて、みんなで食べる為ですからね。
ちなみにトーマスによれば、マウ師は愛妻家で子煩悩だそうです。