景観を守って街を去れるのか?

 タウン誌『谷根千』での活動を通じて谷中・根津・千駄木エリアの地価上昇に大きく貢献された(のではないかとグチる声を聞いたことがある)エッセイストの森まゆみさんが、朝日新聞紙上を大々的に借りて、文京区で展開中のマンション建設紛争を紹介しておられます。というよりも、デベロッパーと行政の悪口を並べておられます、という方が正確でしょう。

 このコラムで紹介されているマンション建設紛争は、既に法廷闘争に突入しているようです。その数5件。大変なものです。それにしても、森さんの文章を眺めていると、どこかで見たようなクリシェの連打。いわく「行政はなにもしない」「(人口増容認政策は)時代遅れ」・・・・。負け戦の臭いがプンプンします。

 喩えが悪いかもしれませんが、戦隊ものや特撮もので悪役サイドが勝つことって絶対に無いでしょう。演出上の約束事があって、「ああ今日も無事に悪役は負けていくんだなあ」感が徐々に盛り上がっていくようになっている。それに似た感じで、建築基準法上の審査を既にクリアしたマンション計画を潰そうとして散っていく黄金パターン・・・・のように見えて仕方がありません。コラムで紹介されている反対運動サイトも、デベロッパーへの憎悪に塗り固められた文言満載で、既にデベロッパー(野村不動産・・・南山東部土地区画整理事業のデベロッパーでもありますね!)との意思疎通の回路は切れてしまっている気配。
 文化人や学者を動員し、マスメディアにも記事を書かせ、訴訟も各方面に乱発しての総攻撃態勢ですが、決定的かつ重大な法律違反が野村側に無い限り、勝ち目は無いでしょう。行政も完全に敵に回しちゃってますしね。ここまでやられたら、野村としても譲歩なんか絶対にするもんかとなるでしょうから、結果的には「盛り上がるだけ盛り上がった末にペンペン草も生えない壊滅的惨敗」なのかな。

 そりゃあ、古い街並みがそのまま残り、古くからの住民がそのまま住んでいかれれば、それは結構いい話だと思いますよ。でも、「良い街だ」ってことになればみんなそこに住みたがるし、そうなれば市場原理に従って地価は上がる。固定資産税は増える。法律上問題無ければ、少ない土地をみんなで分け合って住もうということでマンションを建てる話も出るに決まっている。

 見落としていけないのは、日本では全ての市民が、住みたい所に住むという点で同等の権利を持っているということ。その上で、需給がバランスしていない土地に関しては、土地の値段が上がったり下がったりして需給調整をすることになっている。然るべきカネさえ払えば誰でも住みたい所に住める。これは、そうでないよりも良いことだと私は思います。

 だからね、文京区のその「谷根千」エリアなども、強烈なマンション建設規制とか景観規制を実際にかけたとすれば、そのエリアに居住出来る人数はこれ以上増やせなくなる。結果、地価はガンガン上がり、充分な収入や資産が無い旧住民は代替わりを期に「谷根千」を出て行かざるを得なくなる。あるいは資産があっても、自分の相続した土地にマンションを建てて相続税払って自分もそのマンションに住む、なんてことも難しくなるでしょうね。マンション建てようとしても、すぐに周囲の住民の反対闘争が組織されて幟が林立して文化人が動員されて新聞雑誌に建設反対エッセイ書かれまくって訴訟も乱発されて、ではねえ。

 そして、旧住民はお金を持った新住民に次々に置換されていく。私の妻の実家があった神楽坂なんかそのパターンで、もう昔からの住民は殆ど居なくなってしまったと、これは姑さんからの情報。その覚悟、有りや無しや。

 「我々の子孫はこの街に住み続けられなくなるかもしれないが、それでも我々はこの景観を守る」と言えるのであれば、それは凄いことですが。どうなんですかね、その辺は。

追記:調べてみたら話題の湯立坂マンションが建つ場所の路線価は今年度で平米あたり58万円。「谷根千工房」事務所があるマンション(ん?)の路線価は同63万円でした。ちなみにうちのマンションの路線価は同15万円。

追記その2:湯立坂マンションの敷地面積に3年前の路線価を単純にかけてみたら12億5000万円弱。野村が買ったのはもっと前でしょうし、もっと高い値段だったと思いますが、仮に15億くらいで文京区が売ってもらえたとして、平成17年度一般会計604億円の2.5%くらいの支出ですね。0.18ヘクタールの緑地保全で一般会計の2.5%を出すというのは、そこをマンション化した際に区に入る税金と睨み合わせると相当の決断が必要でしょう。区の有権者の過半数が署名した(子供とか区外の住民の署名で水増しせずに75000筆以上)とか、区議会の大半が賛成で採択された請願/陳情とかが無ければ、私が区長なら絶対やらない案件だな。

追記その3:現計画が67戸マンションだから、1戸平均6000万円で売るとして全体で40億。土地の仕入れに15億として、建設費を坪単価50万×3000坪=15億。30億で作って40億で売る案件。思うに、野村側としても、そのお隣の重文の建物にもうちょっと配慮して妥協する余地はあったのでしょうが、この案件で得られる売り上げ10億のうちに近隣住民反対運動リスク分を見込んであったとしても、もう5件の訴訟だの工事妨害だのでその分は吹っ飛んだんじゃないかと。野村が土地を仕入れた時点でマンション建設は確定事項だと諦めて、どんな譲歩を引き出すかの1点に集中し、専門家を入れて「野村がギリギリで呑めそうな妥協案」づくりをやっていたら、もうちょっとマシな結果になったんじゃないかと思います。