漢字って凄いですね。
何をいきなりって話ですが。ええと、何からお話しましょうか。
私が愛読している漫画で『玄椿(くろつばき)』という作品があります。ヤンキーの町、豊橋在住のベテラン漫画家、河惣益巳さんの描いておられるシリーズですね。
その7巻です。つい先日発売されたばかりの。
こんなシーンがありました。主人公の胡蝶ちゃんは祇園甲部の芸妓(げいこ)で京舞井上流の若手の超新星。そのお母さんの相模さんも同門の達人です。この二人がある時、「道成寺」という曲を二人で舞うことになります。さすがに相模さんに実力ではまだ届かないと思われていた胡蝶ちゃんは、この舞台で見事に相模さんに互した舞いを披露するのです。
ここ。ここで作者の河惣さんは、胡蝶ちゃんが「顕れた」と書いているのですね。
「あらわれた」と読みます。何かが出現する現象を表現する日本語です。ですが、「あらわれた」に当てられる漢字はこれだけではないのですよ。うちのatok君にやらせてみましょうか。
表れた
現れた
洗われた
すいません、三つ目のは退場ですね。
いやそれにしても「顕れた」を足して三つある。その中でも「顕れた」はあまり使いません。使いませんが、行くところに行くと使います。具体的に言えば宗教学の界隈です。そう、宗教学では神や聖なるものが出現する現象には「現れる」でも「表れる」でもなく「顕れる」を使うのですよ。ルドルフ・オットーというキリスト教の神学者が考えた概念です。ヒエロファニーと言います。途轍もないものが出現することです。例えば昨シーズンの浅田真央とか。これを日本の宗教学者は「聖体顕現」と訳した。顕れるってのはつまりそういうことです。人知を越えた畏るべきものが出てきちゃったんです。
それを河惣さんは的確にこの漢字を使うことで表現したわけですね。漫画だからってバカにしちゃいけない。神技を手に入れた舞い手が「顕れた」と。
ちなみに私も『星の航海術をもとめて』で、一カ所だけ「あらわれた」に「顕れた」を当てた箇所があります。ナイノアをはじめとするホクレアのクルーにとって最も偉大で畏るべきものが姿を現した瞬間を描いた箇所です。
漢字ってすごい。