それってエリア88

3章「ワディ・ベルッチ襲撃」

 イニゴが自ら志願して参加した「行軍」は後味の悪いものになった。

 オラン駐留軍を事実上切り盛りするビスカルー曹長はフランドルでの従軍歴があり、アラトリステと共通の知り合いも多く、アラトリステとイニゴが「行軍」に参加することを了承した。

 今回の「行軍」はオランから5リーグ(25キロ弱)ほど行ったところにあるモーロ人の野営地が目標である。この野営地にいるのは、最近スペインへの納税を怠っている一族で、近々スペインから離反してオスマン・トルコ側に付くのではないかと疑われているとのことであった。

 夜襲はあっけなく成功し、スペイン軍は36人の男たちを殺して野営地の女子供や家畜、家財を強奪した。しかし夜襲が済んだ時、夜襲を手引きしたモーロ人が信じられないことを告げた。何とこの野営地は目的の一族のものではなく、スペイン側のモーロ人の野営地だったという。ビスカルー曹長は激怒したが、ともかく大量の獲物が手に入ったことで懐が暖まるのは事実であり、最終的には夜襲に加わった兵士たちを堅く口止めして済ますこととした。

 イニゴは男を一人、自分より若い少年を一人殺した。アラトリステは水を求めて入ったテントで二人のスペイン兵が新生児を抱いた女を強姦しようとしているのを咎めて言い争いになり、一人のスペイン兵は脳天をカチ割られて、もう一人は喉を切り裂かれて息絶えた。新生児はやがて事切れたが、従軍していた神父が母親が止めるのを振り切ってこの新生児にキリスト教の洗礼を施してしまった為、母親は屈辱と怒りのあまり自殺してしまった。またオランへの帰り道では、鞍にくくりつけられた父親の生首を慕って年端もいかない少年が追い払っても追い払っても付いて来たのだった。

 この夜襲はイニゴにとって生涯忘れられない苦い想い出の一つとなった。

 オランでは、久しぶりの奴隷の入荷でお祭り騒ぎとなっていた。「行軍」の分け前にあずかったアラトリステら3人も売春宿に繰り出して羽根を伸ばした。コポンスが「自分はこの街でこうやって一生を終わるのか」と嘆息すると、アラトリステは有り金全てをコポンスに差し出し、更にイニゴを眼光で脅してイニゴの有り金も全てコポンスに与え、この金でビスカルー曹長を買収して除隊許可を取れと薦めた。