2章後半
イニゴとアラトリステは、コポンスが語る北アフリカ駐留軍のありさまに聞き入っていた。
北アフリカには補給も滅多に来ないし、給料もまず支払われない。それでも北アフリカのスペイン駐屯地が陥落しないのは、愚かなスペイン兵たちはそんな状況でも誇りにかけて全力で戦ってしまうことと、城市が陥落すれば捕虜ではなく奴隷として売り飛ばされるということが主な理由であった。
当然、そんな任地に行きたがる兵士など存在せず、コポンスのように罪人として送られてくるか、あるいは「イタリアに駐留する」などと騙されて連れてこられるかである。当時のスペインで、不可能に近いことを表す表現として「100人の兵士をオランに送り込む」というフレーズが使われていた所以である。
コポンスはアラトリステも知っているフランドルの古参兵の話を紹介した。この古参兵も不運が重なってオランに送り込まれ、数年を駐留兵として過ごしていたが、給料の遅配が重なるにつれて彼の堪忍袋の緒はすり切れていった。ある晩、彼は上司の軍曹の喉を掻き切って夜の闇へと消えていった。風の噂では、傭兵としてモーロ人の軍隊に居るのだとか。
それではオランの将兵は給料も支払われないのに、どこから酒代を調達しているのか?
「行軍」という隠語で呼ばれる夜襲である。敵対的なモーロ人の集落を闇に紛れて襲撃し、金目のものや家財家畜を全て略奪した上で、女子供を奴隷として売り飛ばすのである。イニゴは尋ねた。
「それは僕がフランドルでやっていたような仕事なの?」
「まあ似たようなもんだ」
「僕も行ってみたいな」
「どこへ?」
「『行軍』に」
コポンスはまじまじとイニゴを見つめてアラトリステに言った。
「あの小僧が随分と立派になったじゃないか、え?」
アラトリステはため息混じりに応えるのだった。
「そうでも無いさ・・・」