相変わらず怖いぜ隊長

1章「ベルベル海賊」続き

 ムラタの艦長のマヌエル・ウルデマラスは地中海艦隊で30年に渡り戦ってきた男で、アラトリステの勇名は以前から耳にしていたし、アラトリステが自分の船に配属されたことを心強く思ってもいた。ただ、ウルデマラスには、アラトリステの経歴で気になる点が一つだけあった。アラトリステがカルタヘナ連隊を離れるきっかけとなった1609年のバレンシアでのモリスコ(改宗イスラム教徒)掃討戦である。

 スペイン建国以来のモリスコ弾圧政策により、アンダルシアやバレンシアの海沿いにはモリスコの集落が集められていたが、モリスコとスペイン人の相互対立は根深く、モリスコがベルベル海賊を手引きして海沿いのスペイン人の集落を襲わせることもあった。1609年の問題の掃討戦はベルベル海賊と組んだモリスコの村を壊滅させる戦いであったが、無抵抗の非戦闘員を虐殺する任務はアラトリステの好むところではなかった。

 一方、そうして弾圧されスペインを追われたモリスコ達のスペイン人への憎悪もまた激しいもので、彼らは地中海の対岸に渡ってベルベル海賊となり、かつて自分たちが住んでいた村々を襲ってスペイン人たちを虐殺していた。スペインによるモリスコ弾圧政策は、結局のところ、最も勇猛かつ最も残忍で最も土地勘のあるベルベル海賊を量産していたのである。ウルデマラスにとっては、ベルベル海賊は生涯にわたって戦ってきた敵であり、モリスコに同情を寄せたかに見えるアラトリステの内心は気になるところであった。

 とはいえ、戦闘直後のアラトリステを前にうっかりその話を切り出したウルデマラスは、アラトリステの冷たい視線と口調に冷や汗をかかされる羽目になった。最初は口ひげを撫でていたアラトリステの右手の位置は、いつの間にか腰まで下ろされていた。ここでアラトリステを怒らせれば確実にウルデマラスの命は無かった。ウルデマラスは何とかその場を取り繕うことに成功した。

 制圧されたガリオットの乗組員のうちイスラム教徒は奴隷として売り飛ばすためにひとまず漕手とされ、背教者やモリスコは即座にマストに吊されて絞首刑となった。吊されたモリスコの中には第2次性徴が出たばかりの子供もいた。

 ムラタは進路を変更し、メリリャへと向かっていた。