映画「アラトリステ」日本語字幕版を見ました

 遅ればせながら映画「アラトリステ」を観ましてございます。

 感想は色々あるのですが、とにかく映像が美しいというのが一言目に来ますね。冒頭のフランドルの運河での戦闘シーン、マドリードの街中でマラテスタ師匠と会話するシーン、王宮内でオリバーレス伯公爵にネチネチいじられるシーン・・・。特に良いなと思ったのは、隊長がフランドルから戻ってきてカディスに上陸するシーンですね。夕陽の中、逆光の中で隊長やコポンス兄貴がイニゴに迎えられる(映画では原作と異なり、4巻のエピソードが1630年代前半に設定されています。イニゴはこの時期には隊長の従者を卒業して別行動を取っていたようです)のですが、この陰影の具合がまことに美しい。

 アラトリステとマリア・デ・カストロが結婚話をするシーンも絶品です。二人を画面の両端に配置して、画面の上半分は真っ黒にしてしまうというこの構図と配色は、カラバッジォかスルバランの絵が動いているような気分になります。素晴らしい。

 それから、戦闘シーンの迫力も相当なものがありますね。殺陣にずいぶんと拘って撮影された映画のようですが、確かに仕上がりを見ると納得出来ます。すげー痛そうです。ブレダ攻城戦のシーンはもう皆さん濡れ鼠で惨め感全開ですし、ロクロワの戦いでは戦場の悲惨さがこれでもかと描写されます。コポンスの兄貴が絶命するシーンとか、見てられません。

 マラテスタ師匠は、黒ずくめの服装な上に夜や物陰でばかり行動しているから、「あれ? 今のもしかして師匠?」という感じで、同じ黒ずくめでもダースベイダーのように出てくれば即判別とはいきませんが、やはり格好良いですね。しびれます。あと、イニゴ君なんですが、大人バージョンのイニゴがデコ(ポルトガル代表・チェルシーFC所属のサッカー選手)にそっくりで・・・・。

 ストーリーの方は原作とは細部の設定がかなり違いますね。主な変更点を挙げますと・・・

・グアダルメディーナ伯爵がアラトリステに助けられる場所はアフリカからフランドルに変更されている。
・マリア・デ・カストロとアラトリステの馴れ初めも大幅に早められている。
・原作ではアラトリステの本妻扱いであるカリダ姐さんが映画には登場せず、アラトリステはマリア・デ・カストロとの純愛を貫く。
・二人のイングランド人のエピソードでは、ボカネグラ神父の刺客に襲われるアラトリステを助ける人物がイニゴから別の人物に変更されている。
・ニクラースベルヘン号事件の時期が原作より10年遅らされている。
・アンヘリカのキャラが全面的に変更されている。原作版はビッグバン級悪女だが、映画版では叔父思いの素直な良い子になっている。

 ですから、映画版は言ってみれば「異説アラトリステ伝」というところですね。そもそも原作からして「イニゴの手記を現代の作家が偶然発見し、それをもとに小説仕立てにしたアラトリステの伝記を書いている」という設定なわけで、映画はパラレルワールドというよりも、同じ人物の生涯について別の解釈を行った作品として受け止めると、すっきりすると思います。

 もちろん、原作中の名場面も沢山出てきますよ。設定は微妙に異なってますけれどもね。例えばアラトリステがサルダーニャ警部補をわざと怒らせて隙を突くシーン。原作では5巻のクライマックス直前に出てきました。早朝、アラトリステがエル・エスコリアルを目指してマドリード市内を移動している時にサルダーニャ警部補がたった一人で現れて・・・・というのが原作でのアラトリステ対サルダーニャですが、映画では別の名場面とミックスされています。原作をお読みになられた方は、所々で「あ、これはあのシーンだ」とニヤニヤ出来るはずです。