「荒川、金!」への違和感

 フィギュアスケート、女子シングルの荒川選手の優勝は衝撃でした。スルツカヤ選手とコーエン選手に勝ったというのは文句無しに凄い。スルツカヤ選手は公平に言ってもフィギュアスケート女子シングルの歴史上最高の選手の一人ですし、コーエン選手も誰もが認める当代随一の名手。正直申し上げて、荒川選手が金メダルをいただいている間、我が家はお通夜みたいな雰囲気でしたけど。うちはスルツカヤ選手サポーターですからね。

 まあそんなわけで、盤石と思われた強豪が、またも、またしてもプレッシャーに負けて自滅してしまいました。思い返せば、オリンピックの女子シングルはそんなシーンが果てしなく繰り返される場所なのですよね。

ソルトレイク大会ではやはり全米の期待を一身に背負ったミシェル・クワン選手と、ロシア悲願の金を狙ったスルツカヤ選手が、ともにプレッシャーに負けて会心とは言えない演技に終わる中、リラックスして挑んだサラ・ヒューズ選手が(非常に胡散臭いジャッジでしたが)まさかの大逆転金。

 長野大会では、やはり大本命のミシェル・クワン選手をタラ・リピンスキー選手が交わしての金。銅メダルは中国の陳露選手。

いつか見た風景がまたしても繰り返され、金メダルをあまり意識しなかった荒川選手に勝利の女神は微笑みました。おめでとう。

 ですが、その後の日本国内マスコミの荒川フィーバーには、色々な違和感があります。

 他にメダリストがいなかったこともあるのでしょうが、フィギュアスケートではアジアの国の代表選手初のオリンピック・チャンピオンという眩しさが、フィギュアスケートの世界の様々な陰影を全て塗りつぶしてしまったようです。

 例えば、荒川選手をこれまで育てたのは、日本では阿部奈々美さん、佐野稔ご夫妻、佐藤久美子さんなど。また、タチアナ・タラソワさんやリチャード・キャラハンさん、ニコライ・モロゾフさんなど、海外で師事したコーチやコレオグラファーたちも、荒川選手のオリンピック・チャンピオンの称号に力がありました。これらをアレンジした城田憲子さんも(いろいろ批判はありますが)不可欠の人材だったでしょうし、メンタル面で荒川選手を支えた周囲の人々、親友の恩田美栄選手をはじめとする、国内のライバル選手達だってこの金メダルに貢献していると私は思います。

 荒川選手自身、インタビューでは遠回しにそういったことをおっしゃっていたと思います。色々な人の力があってこのメダルが取れたのだと。特にモロゾフさんやタラソワさんのことを考えると、荒川選手の優勝は別に「日本が勝った!」とかそういうお話では既に無いです。フィギュアスケートの世界は国境線なんかで区切れるもんじゃないんですよ。だってウクライナ移民のサーシャ・コーエン選手がアメリカ代表で、井上玲奈選手は日本からアメリカに渡ってアメリカ代表になったのだし、前回のアイスダンス優勝チームのマリア・アニシナ選手はロシアからフランスに行ってフランス代表としてオリンピックに勝った。かのアレクセイ・ヤグディン選手はタチアナ・タラソワさんの門下生ですが、二人ともロシアから追われるようにアメリカに渡った方々でしたね。

 荒川選手はたまたま日本国民でしたけれども、彼女のあの演技は、フィギュアスケート競技を愛する世界中の全ての人たちが何かしら寄与して、生み出された。私はそう思っています。ですから、スルツカヤ選手やコーエン選手の不本意な演技は、フィギュアスケート競技を愛する仲間として本当に悲しかったです。エレーナ・リアシェンコ選手やセベスチャン・ジュリア選手もそう。エレナ・ソコロワ選手や安藤美姫選手も本来の力を出せずに終わりました。彼女たちの会心の演技を知っていたならば、トリノでの演技は悲しいの一言です。そういった悲しみは、「日本国の金メダルゲット」なんて下らないアングルとは別次元の痛みとして、フィギュアスケート競技を愛する私たちの心を傷つけました。

 そう、フィギュアスケート競技を愛する人はトリノの女子シングル競技では、多かれ少なかれ傷ついたんです。

あるいは、毎日新聞でさだまさしさんが「アジア人初のフィギュアスケート金」と書かれていました。

 そりゃないぜ。

 あの選手がいるじゃないですか。クリスティ・ヤマグチさん。本名はKristi Tsuya Yamaguchi。1971年、カリフォルニア生まれ。

 ご両親はともに日系2世で、祖父母の代に和歌山県からカリフォルニアに移民した日本人の流れを汲んでいるとか。ミドルネームの「Tsuya」はお祖母様の名前をいただいたのだそうです。

 フィギュアスケートを始めたのは6歳の時。頭角を現しはじめた頃はペアとシングルの掛け持ちでしたが、やがてシングルに専念し、1990-91シーズンにはアメリカでも3本の指に入る存在になっていました。そして挑んだアルベールビル大会。大本命の伊藤みどり選手、ライバルのナンシー・ケリガン選手がともにプレッシャーで本来の演技が出来なかった中、伸び伸びと滑って堂々の金メダルを獲得されました。

また、彼女はアルベールビル大会に加えて1991年と1992年の世界選手権女王でもあり、1992年には全米女王にもなり、更にアマチュア競技引退後はアイスショーの大看板として長らく活動された方で、彼女が「スターズ・オン・アイス」から引退すると、それまで売り切れ続きだったチケットが売れ残るようになったと言われるほどのレジェンドスケーターです。

 なんで、それだけの存在が日本では忘れ去られているのか?

 日本人、かつて日本列島から新天地を求めて移民していった人々のことを、忘れすぎとちゃいますか?

 ちなみにクリスティ・ヤマグチさんのお父様のジム・ヤマグチさんは第二次大戦中、日系人強制収容所に送られる憂き目を見た方です。お母様のキャロル・ドイさんは、なんと強制収容所生まれ。

 そんな歴史の中から、クリスティ・ヤマグチという日系3世のレジェンドスケーターが生まれ、オリンピック・チャンピオンとなっているというのに。ちょっと冷たいよね。

 要するにですよ。わたしら、スポーツを楽しむ際に、国という枠組みにあまりに囚われすぎていないかということです。それよりも、競技そのものを愛し、選手全てに敬意を払いましょうよ。ね。

 そういえばホクレア号、ハワイに移民した日本人を忘れるな、というコンセプトで来航する予定ではなかったですか。