ホクレアが日本航海を終え、ハワイに向けて積み出されるまであと1ヶ月+数日。航海のゴールが見えてきた。俺自身のホクレアとの関わりもゴールが見えてきたように感じる。3年前に心に誓ったこと、翻訳という技芸でホクレアの日本航海に協力することは『星の航海術をもとめて』と「ホクレア号航海ブログ」の翻訳という形でほぼやり遂げられると思う。あとはこの航海でホクレアを知った人々がしっかりと種を育てていってくれるはずだ。そうじゃなきゃいけないや。
俺はどうするか。しばらくホクレアからは離れる。これはもう心に決めている。航海カヌーマニアとしてその動きは見ていくが、力を貸すことはしないだろう。俺の力を必要としている航海カヌーがあるにしても、それは日本航海を終えたホクレアではないはずだ。あの船にはもうサポーターが充分にいる。俺の力はもう必要無い。
それに、ホクレアは政治的にあまりに巨大すぎる。利害や思惑があまりにも複雑に絡み合っていて、どこの組にも属さないでいようとすると、全てのエネルギーを吸い取られてしまう。日本においてさえそうだ。このままホクレアに関わり続けていたら、俺は確実にストレスで体を壊すだろう。あと1ヶ月が限度だ。
もちろん、ヴァカ・タウマコ・プロジェクトやエリック・メッツガー兄には協力していきたいし、アリンガノ・マイスも気になる。これからはそちらの方に関わっていきたいと思う。だが、ホクレアはいけない。あの船はall or nothingを要求する。それは俺にはもう無理だ。
そして、俺はしばらく研究に戻る。聴覚障害者と音楽の関わりを社会学・教育学・美学の三つの視点から検討すること。世界でも俺以外にやっていない仕事だ。しかしすぐにでも誰かがやらなければいけない仕事なのだ。俺の力を必要としているのは、未来の日本に生まれてくる聴覚障害児たちだ。次に俺がやるべきはそれだ。論文に仕上げなければならない学会発表が2件も店ざらしになっている。少なくともこれを仕上げなければ高村真理子さんに顔向け出来ないのだ。