サトクリフ『落日の剣』が以外な方向に面白いです。
舞台は5世紀のブリテン島南部。主人公アルトスは、一応はブリテン伯爵の爵位を持つケルト系の武将で、ローマ帝国軍が撤退していった後のブリタンニア属州(だったところ)を、サクソン人の侵入から防衛する為に東奔西走します。
いや、東奔西走どころか北へも南へも行きます。
その毎日が本当に大変そうなんですよ。
強力な重騎兵隊を組織するために、まずは南フランスの馬市まで行って種牡馬と繁殖牝馬を10頭ばかり買い付けてくるところから始まり、イギリス海峡を越えて馬たちを輸送するために既存の帆船の改造も手配すれば、そもそも馬の買い付けの資金調達もやります。
それが終われば既存の馬格の小さな馬で「負けない戦い」で凌ぎつつ、牧場で何年もかけて増やした馬格の良い馬を調教させ、悪い血統の馬は売って血統改良もして重騎兵のための馬を準備する。
軍団の中核となる騎士だけでなく、補助的兵科である弓兵や歩兵、医療スタッフのリクルートもする。
更には各地の領主との折衝、修道院や教会との調整、兵士の訓練と装備品の確保、手入れ。鎖帷子でさえ騎士団の人数分揃わないので、サクソン人の偉い人をなるべく打ちとって分捕るしかない世界。
いざ出陣となれば、何日間もかけて準備を整えますし、行軍したらしたで道に迷いかけたり泥濘に兵馬が足を取られて遅々として進まなかったり、補給物資を運ぶロバが崖から落ちたり・・・・。
駐屯地ではまたまた地元の世話人と交渉して食料や衣料品の入手と補充兵のリクルートに忙殺。これは何というか、巨大メーカーの不振事業部が新興勢力に押しまくられる中、なんとかして会社を生き延びさせようともがく、メチャメチャ有能だけどババ札引かされた子会社の社長・・・・。しかも連結子会社じゃなくなっちゃったよみたいなみたいな。
アラトリステの3巻に出てくるスピノラ将軍みたいだ。
実際のアーサー王ってこんな人生だったんだろうなあ。
それで姉には裏切られ、妻や腹心の部下は不倫?
なんちゅう人生だ。
こういうの読んじゃうと、あまたあるラノベファンタジー戦記は物足りなくなっちゃうなあ。
なお、史実ではローマが撤退した後のブリタンニア属州はあっという間にケルト系とサクソン系の小邦が乱立する巷となり、この状態が924年のアゼルスタン王によるイングランド統一まで500年間も続いたのでした。なんだかんだで統一国家って大事だよ。