(画像1枚目は椋野漁港でのカマ・ヘレ、2枚目はマイク・テイラー船長のバケツ、3枚目は横浜入港時のカマ・ヘレ)
どうもです。今日もカマ・ヘレ漫才の時間がやって参りました。
多分、ホクレアが横浜に居る間では今日が一番良い天気だと見ましたので、35年前に製造された古い機械式カメラを持って撮影に。次にハワイに行くことがあってもこれを持って行くことは無いでしょうからねえ。
乗船見学会の整理券を貰う為に列に並んでいたら(顔パスで入るなんてセコい真似はしませんよ、私は)、現れたのは今日もご機嫌なマイク・テイラー船長とその奥様。
「よう、加藤。何やってんだそんなとこで。メシ喰いに行こうぜ!」
「は・・・はい、お伴します船長。」
すでに手下扱いかもしれません。お二人に付き従ってみなとみらい駅の方に歩いていきましたら、やって来るのはナアレフ・アンソニーさんとドクター・シェリー。なにやら船長と熱い抱擁を交わしております。
「船長、もしやこれは・・・。」
「そうだ。二人は今日、帰国するのだ。」
そう来たか。
「ナアレフは次代のホクレア船長と目されている人物だぞ。」
「存じております。」
しかしナアレフさん帰国か・・・・。たしかにクルーの数が目に見えて減ってるもんなあ(ブルース船長も既に帰国した模様です。現在のホクレアを仕切っているのはチャド・バイバイヤン船長)。
さて。船長閣下の本日の御昼食は某パン屋さんのイートインだったのですが、丁度良い機会なので気になっていた質問をぶつけてみました。
「船長、カマ・ヘレの大漁旗なのですが。」
「大漁旗?」
「ヤンマー・フラッグですよ。」
「おお、あれか!」
「どうも周防大島で掲げていた時のヤンマー・フラッグと現在のヤンマー・フラッグは違うもののように思われるのです。」
「加藤、君の観察眼は正しい。これについては哀しい物語があるのだ。」
「哀しいのですか・・・。」
「そうだ。あれは周防大島で盗まれたのだよ。」
「えっ? だ、誰がそんな不埒な真似を(怒)」
「落ち着け加藤。私が推理したところ、犯人は日本人ではない。」
「と言いますと?」
「あの日、私は博物館に行っていた。いや、私たちはというべきだな。」
「移民資料館ですね。」
「その通り。私たちが宿舎(グリーンステイながうら)を出て資料館に行く時、たしかにカマ・ヘレにはあのヤンマー・フラッグがはためいていた。ところが私たちが資料館から帰って来た時には、ヤンマー・フラッグは消えていたのだ。」
「犯行時間は限定されますね。」
「そうだ。白昼の犯行だ。さて、思い出してくれ。椋野漁港でカマ・ヘレとホクレアが係留されていたポンツーンは岸壁からは細い通路で降りるしか無かっただろう。」
「はい。」
「そして通路の入口には常に警備員が居た。」
「たしかに。」
「ということはだ。警備員に見とがめられずに通路に入り、しかもヤンマー・フラッグを下ろして持ち去ることが出来た人間となると、これはかなり限られて来るはずだ。」
「・・・・・・。」
「加藤、君はポリネシア航海協会のブログを翻訳しているのだろう? あの日、何があった?」
「・・・・そうか! 移民資料館で帰国するクルーと残るクルーが別れを惜しんだという記述がありました!!」
「そういうことだ。」
「つまり、あの日帰国したクルーの中に犯人が居ると?」
「そういうことになるな。だが加藤、私にはもう目星がついているんだよ。○○○だ。私の大親友だ。奴がヤンマー・フラッグを盗んで自分用のお土産にしやがったのだ。」
まことに申し訳ありませんが、名前が挙がった人物はまだ容疑者の段階ですので伏せ字とさせていただきました。ただ、マイク・テイラー船長愛用のバケツに犯行宣言が残されているのではないか、という意見もあります。