なんなら『ゲーテはすべてを言った』

去年芥川賞を取った鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』、レーフラー事件をネタにした楽しい小説なんですが1か所些末なことが気になった

単行本90ページで主人公(この時点で63歳前後のゲーテ研究者)が、自分が見ている夢の中での登場人物の主張について「何なら引用すべき」というフレーズを使って記述しているのだけれど、これは島田泰子「副詞「なんなら」の新用法―なんなら論文一本書けるくらい違う―」『二松学舎大学論集61』(2018)で指摘された新しい用法で、2023年に63歳のドイツ文学研究者が自然に使うものだろうかと。

この主人公はウェブでの言説活動を好まないという設定もあるので(83ページ)、ウェブで広まった「何なら」新用法を夢の中で使うような人ではない気がする。

編集者も校閲担当者も島田の論文(当時けっこう話題になった)を知らなかったか、指摘したけれど鈴木がママとしたのか。

小説は楽しく読めました。これはエンタメ小説ですよね。

実は芥川賞受賞作って読んだことが無かったんですよ。シリーズものの長いエンタメ小説が好きなんで中編と短編の読み切り対象のこの賞は興味が無くて。国内ブランドとしては大きいのですが、純文学系の賞だからどうせつまらない登場人物が下らないことをして投げっぱなしジャーマンでぶった切りエンドだろうと思ってたら、これに関してはそうでもなかった。文学部唯野教授の唯野さんを今風に性格良くした主人公だったし、一応謎解きにも決着がついたし。終盤の種明かしパートが凄い駆け足だったけど、芥川賞をもらってるんだからこれで良いんだろう、日本の文学界は、という理解です。

結局、好みとマーケティングとブランディングと運ですからね。あるゾーンより先での認知獲得は。芥川賞だから他の小説の10倍凄いというわけでもなく、まあまあ良く書けてる短めの小説が運良くもらうのが芥川賞という理解に至りました。