公式ウェブログ英語版に出航の儀式の写真が2枚上がっています。
結局13日の予定が14日になり、さらに16日以降となってしまったので、現地入りしていた日本メディアもかなりの部分が時間切れの憂き目を見た模様です。とはいっても徹底的に粘って取材をする所もいくつかあるようですし、何となればクルーの内野さんは写真家・ライターでもあるわけで、いずれ素敵な取材記事がどこかに載るんでしょう。
ホクレアはカワイハエまでの回航で破損した左舷前部のテント交換。アリンガノ・マイスはブーム(帆を支える横桁)の調整。
それからナイノア氏のインタビューがアドバタイザー紙の記事に出ています。
この中でナイノア氏が、何故ここまで出航時期を慎重に選ぶのかを解説しておられます。彼に依れば、出航してから数日間はクルーもまだ航海に体が慣れていないので、いきなり荒天の中を航海するのは望ましくない。しかし現在ハワイ諸島とパラオの間で一番荒れている海はアレヌイハハ海峡(ハワイ島とマウイ島の間。ホクレアとアリンガノ・マイスは出航後ここを横切ってカホオラヴェ島沖を通過してから西に向かいます)であると。
というのはですね。海の波には2種類ありまして、外洋を何百キロも何千キロも進む波を「うねり」、ある特定の海域でだけ立っている波を「風浪」というのですが、ハワイ諸島周辺では「うねり」に加えて「風浪」も立ち、さらに島々の独特の成り立ち(深海から一気に立ち上がっている火山島)もあって、「うねり」のパワーが一気に海面上に持ち上げられてブレイクしているんですよ。ノースショアとかジョーズとか、名うてのビッグウェーヴ・ポイントがハワイ諸島にわんさか存在する理由がこれです。しかも島々に当たった「うねり」が回折波(島に当たった「うねり」が島を回り込んで、別の角度の波に変化したもの)まで生み出している。
そりゃヤバいですよねえ。慎重な上にも慎重になるのは当たり前。『星の航海術をもとめて』でも、出航の儀式から出航までナイノア氏が1週間引っ張った様子が描かれていました。まして恩師に捧げる新造船を届ける航海。恩師の愛息やマウ一門の弟弟子たちも同行する。事故は絶対に許されないでしょう。