教科書が教えない剣の歴史2

 剣術、というところをもう少し紹介してみましょうか。

 おそらく初版をお買い上げいただいた心の広いみなさまの99%は「指輪物語」でアラトリステ隊長が演じたアラゴルン王のファンでいらしたことでしょう(何か違うな)。あの映画の最後の決戦のアラゴルン王の装備は、たしか半甲冑で馬に乗り、宝剣アンドゥリルを振り回しておられたような記憶があります。下半身に装甲があったかどうかは憶えていませんが、ヘルメット(顔も全て覆う兜のこと)を被っていないのでもしかしたら軽騎兵とよばれる簡略式の装備だったのかもしれません。最高指揮官がヘルメットも被らずに最前線に出るというのはかなりヤバいシチュエーションだと思いますが、やっぱ大将の顔が見えないと色々各方面ヤバいということで、演出上やむなしでしょうね。

 さて。あの映画のアンドゥリルを見る限り、サイズ的にも用法的にも14世紀ごろに全盛であった大型の両手剣のようです。ちょうど百年戦争の時代ですね(ついでに余計なことを書くと、アラゴルン王の半甲冑はどうも16世紀から17世紀くらいのデザインのような)。そのまんまトゥーハンド・ソードと呼ばれます。この時代の戦士は両手剣も片手剣も使ったのですが、馬上で振るうのは刀身を長めにした片手剣が中心だったようですね。アンドゥリルは馬上で片手で使うにはいささかでかすぎる気がしますけども、映画ではアラゴルン王はあれを馬上で使っているようです。まあ魔力を持った剣ということで、使い手の負担が小さいのでしょう。

 ちなみにあのサイズのトゥーハンド・ソードを鋼で造ると2キロくらいになったようです。我らがアラトリステ隊長の愛剣は軽ければ700グラム、大型のレイピアで1300グラム前後。暴れん坊将軍が使っているような日本刀はもう少し重くて(両手剣ですから)1キロ弱から1500グラム弱というところです。

 さて剣術。トゥーハンド・ソードの場合は当たり前ですが両手で構えますから、レイピアでの剣術とはかなり違います。レイピアを使うアラトリステ隊長は「突き専門の片手剣」のメリットを最大限生かすべく、半身状態での刺突攻撃(現代のフェンシングの動きを想像してもらえばだいたい当たり)を多用し、足裁きは基本的にスリ足のナンバ歩き。つまり両足が交差する状態を作りません(映画の殺陣だとのしのし歩いているようにも見えますが・・・・)。

 一方、トゥーハンド・ソードを使う場合は重量を生かして叩き切る攻撃が基本になります。鍔に近い方の握り手を支点にして、打ち込みの瞬間に手前の握り手を引きつける。そうすると梃子の原理で破壊力が増す。これは日本刀でも同じですね。そして足裁きはレイピア使いとは違い、打ち込み時に片足を相手の方に踏み込みます。絵図を見ると、下から跳ね上げるような攻撃も行ったようです。そしてよほどの達人でないとやるなと教本に書かれていますが、体を一回転させての水平の打ち込みもやる人がいたらしく、6種類の型が説明されています。ブレイクダンスと同じでこの手の技は「ウィンドミル」と呼ばれます。

 さて、映画「アラトリステ」の殺陣ですが、クリップを見る限りではむしろブロードソードと呼ばれる両刃の片手剣の剣術に近いような印象を受けました。ブロードソードは十字軍の時代や百年戦争の時代に使われた剣ですが、歩兵が使う場合はトゥーハンド・ソードと同じく踏み込みを行う足裁きで、攻撃のほぼ全ては斬りつけるものでした。映画の殺陣はどうもブロードソードの剣術を基本にフェンシングをミックスしたようなもののようですね。なんでもアラゴルン王の殺陣師と同じ人が隊長の殺陣をつけたそうです。

 ところで昨日から妖しげな剣の画像を色々拾ってきて貼り付けておりますけれども、こういった刀剣類、現在世界で最も大量に生産している街をご存じですか? 『アラトリステ』を読まれた方ならおわかりですよね。そう、トレド。日本刀生産量まで何故か世界一なのはご愛敬。