教科書が教えない剣の歴史1

 名も知らぬ遠き大陸より流れ寄るメイキングクリップ一つ。お姐さんがこれを割って見ると、中から出てきたのは、映画「アラトリステ」のチャンバラシーンの撮影風景でありました。しかし、こやつらは一体何をどう振り回しておるのか? お姐さんがたは早速翻訳家に圧力をかけました。

「なんなの、あれ?」

 というわけで、17世紀初め頃のスペインのゴロツキが振り回していた剣についてのお勉強も、何回かにわけてやってみたいと思います。

 とりあえず結論というか、一番大事なところからお話をしましょう。アラトリステやマラテスタ師匠が使っている剣は何というのか?

 あれは英語ではレイピアrapierと言います。スペイン語ではエストックestoque。イタリア語ではストリッシャ。フランス語ではラピエール。日本刀とは違って片手で使うのが基本(片手剣)で、刃は刀身の両側につけられています(両刃)。映画の中でヴィゴ・モーテンセンは相手を薙ぎ払ったりしてましたけど、基本的な戦法は突きです。レイピアを使う剣術を(大ざっぱに言えば)フェンシングと呼ぶ、と書けば、本来のレイピアの使い方が何となく想像出来ますでしょうか?

 ただ、当時は競技スポーツとしてフェンシングをやっていたわけではなくて、殺すか殺されるかの鉄火場から生還するための道具(好んでそういう所に行きたがるケベードという登場人物もおりますが)でしたので、勝てば官軍。どんな使い方をしても、生き延びられればそれでよろしいわけですから、映画のモーテンセン氏のように斬りつける使い方もあったのかもしれません。

 さて。クリップの中でもう一つ注目していただきたいのは、奴らが基本的に二刀流だということです。左手にあるのはマン・ゴーシュと呼ばれる短剣です。我らがアラトリステはこれで相手にとどめを刺すのが得意だったようですが(クリップでも相手の腹をマン・ゴーシュで切り裂いていますね)、基本的には相手の剣を受け流す為のものです。この使い方が発展すると、刀身を三つ叉にして相手のレイピアをはっしと受け止められるようにしたマン・ゴーシュも現れてきます。

 クリップの中でモーテンセン氏が使っているマン・ゴーシュはストレートな刀身のようでしたがね。

 そういえばモーテンセン氏扮するアラトリステは何やらガレオンの船上でも豪快にレイピアをブン回しておられましたね。相手が使っていた剣は画質が悪いので確認出来ませんでしたが、ちなみにこの時代の水夫の剣はレイピアではありませんでした。「パイレーツ・オブ・カリビアン」で海賊たちが振り回しているあれ。突くのではなく本当にぶった切るのが主目的の小振りな片刃剣。あれをカットラスcutlassと言います。

 何故、陸上と海上で剣の流行が違ったのか? これはレイピアという「突き専用剣」の成立と発達の経緯を考えてみればわかります。

 そもそもはヨーロッパの陸上剣術も、映画の中でモーテンセン氏がやっているように突きと斬りを組み合わせたものでした。ところが14世紀になってプレート・メール(ごっつい鎧)が発達すると、片手剣で斬りつけたくらいじゃあかすり傷も付けられないようになったのですね。そこで、装甲の隙間を突っついてやっつける用法に特化した片手剣(=レイピア)や短剣(=ダガー)を使うか、あるいは日本の野太刀のような特大の両手剣を用意して、相手を装甲ごと叩き割るようになります。後者はツバイヘンデル(ドイツ語)とかスパドーネ(イタリア語)とかフランベルジュ(フランス語)とか呼ばれるもので、大きなものでは長さ180センチ、重さ4キロ弱にもなったといいます。

 こういう重厚長大なチャンバラの時代は、しかし火器の発達によって終わりを迎えます。いくらごっついプレート・メールを着込んでいても、銃で撃ち抜かれればそれでお仕舞いになっちゃうんですねえ。それじゃあクソ重い鎧なんか着てられるかといって、兵隊さんたちは鎧を捨て、軍服で闘うようになります。となると、(滅多にないことでしたが)乱戦状態になればレイピアの出番もやってくるわけです。

 逆に船上での戦闘を考えてみましょうか。海に落ちたら即死確定だし、いたずらに積荷を増やすプレート・メールなんぞは、もとより実用的ではないですね。だから対プレート・メール戦闘を考慮する必要が無かった。また水兵は戦闘をしていないときは水夫なので、シュラウド(帆柱を横から支えているロープ。横静索)や縄梯子をスルスル上らなきゃ仕事にならんですし、帆船はやたらめったらロープを使う乗り物ですから、必要とあればこれをぶった切れるような手頃でコンパクトな刃物が必要だった。一方で水夫は操船の訓練が第一になるので、陸戦専門の歩兵のようにレイピアの使い方をじっくり学ぶ暇もなかった。だからとりあえず振り回して当たれば人斬りが出来るようなカットラスが好まれた、というわけです。

つづく