ホクレアについて今思うこと

 こういったネット上での航海カヌー情報発信を初めて1年半が過ぎました。その間、ホクレアの日本航海が正式発表直前まで行ったとか、航海カヌーを研究する研究者たちと知り合って色々と意見・情報交換をするようになったとか、まがりなりにもネット上にホクレアを語るコミュニティが複数出来たとか、色々な変化もありました。

 相変わらず航海カヌーというトピックは日本語話者の世界ではマイナーそのものなのですが、それでもハワイから戻る飛行機のなかで、自分に何が出来るのかを夢中で考えていた頃に比べると、大きな進歩があったと思います。ホクレアとは何か興味を抱いた人がググった時に、ある程度まとまった情報を入手できるようにする、という所期の目的は、概ね達成されたと言えるでしょう。

 ですから、こう言っては何ですが、私個人に出来ることはあらかたやったという気がしています。内外の文献資料を渉猟して、その概要を日本語で広く紹介すること。これは、英語・日本語を読む、書くという能力が奇形的に発達した私に最も向いた作業です。そして、航海カヌー文化復興運動というムーヴメントを捉える為の様々な思考の枠組みを提示すること。これも、哲学という、考えることそのものの技法を問題とする学問を長年学んできた私に向いた作業です。

 この二つの作業については、ある程度の形はつけたいなと当初から思っていました。そして、結果として、自分でも、いつどこで何を書いたかはっきりわからないほどの量の文章が蓄積されました。その中には、なかなか良く出来たものから、まだまだ咀嚼が必要なものまで、玉石混淆で色々な思索があると思います。厳しい批判をいただいたことも一度や二度ではありません。

 さて、これらの膨大な文章は、しかしネット上で読まれることそのものを目的に書いたわけではありません。これらはあくまでも、現実の行動を起こすための素材に過ぎません。世の中を、自分の身の回りを少しでもマシにする為の行動。その為には世の中をどう解釈してみたら効果的なのか。そういうことを繰り返し考えた思考実験です。ただし、思考だけでは完結していません。完結すべきではありません。

 ハンパな思考ならば、その足りない分はフィールドに出てから捜していけば良い。かつて斬新なフィールド調査を展開して一世を風靡したシカゴ大学の社会学者たちは、そう考えていました。フィールドに出る前の問いはあくまでも仮のものに過ぎないし、それで良いのだと。真の問いはフィールドを歩くうちに見えてくる。最初の問いは、フィールドに踏み出す為のきっかけである。

 私の書いた無数の文章が、それを読んだ方がフィールドに踏み出すきっかけとなってくれれば、それに勝る喜びはありません。私自身も、自分の文章をきっかけとして、色々なフィールドで具体的なアクションを起こしていくべき時期のように感じています。

 そのフィールドというのは、海に限らないと私は思っています。無理に海に行く必要なんか無い。自分の家の中にだってフィールドはある。毎日の食生活を見直していくことだって立派なフィールド活動でしょう。子供達が通う学校をコミュニティの財産として手入れしていくことだって素晴らしいフィールド活動です。

 航海カヌー文化復興運動は、混沌とした、それ故に豊かな「読まれ」の可能性を秘めた営みだと私は思っています。目の前に海があって古いカヌーの伝統がある人は、ハワイ人たちに習って自前のカヌーを蘇らせてボチボチと漕ぎ出せば良い。山の中に住んでいる人は、わざわざ海に出なくたって、山の生活の伝統の中から、自分の住む社会が抱えている問題に効きそうな薬を探し出して、ボチボチそれを使っていけば良い。摩天楼の上に住む人、スプロールしたベッドタウンに住む人、みな何かしら、航海カヌー文化復興運動の中にあるエピソードや工夫を応用して、人生と自分の身の回りを健康にしていくことは可能なはずです。

 Life is fuckin’ too good to give up. (Debra Ann Miceli)

 流浪のプロレスラー、デブラ・アン・ミセリーがいつかどこかの酒場で呟いたように、人生は放り出してしまうには惜しいものです。フィールドに出るということは、最終的にはここに行き着きます。人生を健康に保ち、それを最後まで投げ出さない為に、フィールド活動はある。みなさんのフィールドでの幸運を祈ります。

 これからこのウェブログやウェブサイトはどうするのか。続けます。使命感を持たずに続けます。
 今や私は、ホクレアの日本航海に対して、あらゆる意味において使命感を持っていません。彼らが来たいと言い出した時に、あらためて何か考えるつもりです。来ないなら来ないもよし。好きにしなはれ。ポリネシア航海協会のお手並み拝見です。彼らがどんな枠組み、どんな見せ方で日本に乗り付けるのか。盤上に最初の一子を置くのは彼らであるべきです。彼らの手筋に共感出来れば、その時はもちろん応援したいですね。ですが、首に縄をつけて引っ張ってくるような動きには関わらないつもりですし、ホクレアの日本航海の形に「それって違うんじゃないの」というものを見たら、敢えて黙って見守るだけに留めるということもありうる。何が何でも成功させなきゃいけないということは無い。

 というわけで。これからは純粋に自分の為の趣味として、航海カヌーの勉強を続けます。そしてまた何か思ったらウェブログに書いていきます。フィールド活動もボチボチとやっていきます。きっと明日も更新します。