さりげなくトリビュート兵

 もう3巻も(ネット書店では品切れが続いておりますが)店頭に並んだことですし、少し具体的に3巻の内容に言及したお話も書こうかと思います。

 この歳末のクソ忙しい中で3巻を読了された方がどれほどおられるかは判りませんが、隊長がカルタヘナ歩兵連隊で何をやっていたか、つまり兵科は何であったかが判明する辺りまでは、読み進められた方もおられるかもしれません。

 「マスケット銃兵」と書いて「ムスケテーロ」と読ませる。原語表記だとmosquetero。これが隊長のお役目でした。パイク(長槍)兵の方陣の両翼に展開して、接近してくる敵兵を狙い撃ちするのがお仕事です。使っていたのはもちろん、マスケット銃。棒で銃身を支えて撃つ、馬鹿でっかい火縄銃です。長野先生の筆になる美麗な表紙に描かれている通り。

 ところでこの「ムスケテーロ」。フランス人はこう呼びます。「ムスクテール」。ローマ字変換すればこれだ。Mousquetaire。

 さらに、この文字列を3倍にして冠詞を足すとこうなるぞ。「Les Trois Mousquetaires」。要するにあれです。「三銃士」。

 つまり、そういうことです。誰もが知るデュマ萌えのレベルテの旦那は、迷うことなく隊長を「銃士」にしたってことです。さすがに「ムスケテーロ」に「銃士」という訳語を使う度胸はありませんでしたけどね、私。というのは、ダルタニャン将軍若かりし頃に所属しておられた「銃士隊」というのは、単なるマスケット銃兵の集団というものではなく、国王が居城の外に居る間の身辺護衛をも担当する、言わば最精鋭の部隊でもあったからです。単にマスケット銃を担いでいるだけの愚連隊だったアラトリステ分隊とはわけが違うのでした。

 ちなみにフランスに「銃士隊」が生まれたのは1622年、ですから3巻の物語の2年前。おポンチなイングランド人がマドリッドでナンパに明け暮れていた時期ですね。創設したのはルイ13世。我らがフェリペ4世陛下の后殿下、イサベル王妃のお兄さんです。そして隊長たちがブレダの塹壕でシラミと戦っていたまさにその年、若きダルタニャンはガスコーニュからパリに上って、ミレディとかロシュフォールと絡みながらロンドンに向かい、あのおポンチなイングランド人の片割れに会うんです。

 僕らの若きヒーロー、イニゴくんが最後は近衛連隊の将校にまで出世させてもらえたのも、実はレベルテの旦那のデュマ・トリビュートなんでないかと見ています。というのはですね。ダルタニャン物語のエピソード2「三十年後」というお話の舞台は1648年。隊長がロクロワの戦いで立ったまま壮絶な最期を遂げてから4年後。

 この時、ダルタニャンはフランスの近衛隊たる銃士隊の副隊長としてルイ14世に仕える立場でした。そしてイニゴはカスティーリャ王国近衛隊の隊長としてフェリペ4世に仕える立場でした。ほぼ同格の近衛将校だったわけですよ。となると、「アラトリステ」シリーズは実は、「ダルタニャン物語」をピレネー山脈沿いに折り返して転写した物語なんじゃないのかと見たくなりますですよ。ねえ。