「機動戦士ガンダム 水星の魔女」の放送からまもなく4年が経とうとしている。
この4年間で多分10周以上は「水星の魔女」を見て、何度見ても名作だなあと感動するのだが、放送当時あれこれ議論になっていた論点についても個人的にだいたい結論が出たので、それをまとめておきたい。(本稿の文字数は14214字)
論点1:「水星の魔女」は「少女革命ウテナ」の進化形・後継作品なのか?
ウテナと水星の魔女ではビジネスの規模が違いすぎる
これは明確に違う。幾つかの部分で「ウテナ」へのオマージュや引用があるのは事実だが、「ウテナ」と「水星の魔女」ではそもそも扱っているテーマが異なる。だから「少女革命ウテナ」が正典になっている人はむしろ「水星の魔女」は絶対に見ない方が良いとすら言える。
「ウテナ」は制作当時(1990年代後半)の日本社会の女性の立場やジェンダー観、キャリア観が前提にあり、当時の低年齢層向け少女漫画のテンプレ(王子様願望やヘテロ恋愛至上主義)を流用して、これらの構造を解体する主人公を描いた作品だ。そこでは同時に、ラスボスの鬼畜男・鳳暁生に家父長制や男性中心主義を極端に誇張したものを投影し、筆舌に尽くしがたい巨悪として描いている。一方、鳳暁生に支配されて学園で暗躍する姫宮アンシーは(作中ではアンシー被害者も多数なのだが)構造の犠牲者であり、作中謎の無意味な決闘を続ける天上ウテナが最終的に自己犠牲によって鳳暁生のマインドコントロールから解放する、というお話。映画だと最後は二人で全裸になってクルマで爆走していく。リアリティラインというものがもはや存在しない、麻薬をキメて見るサイケデリックな夢のようなアニメである。建付けとしては古色蒼然とした70-80年代のマルクス主義フェミニズムと、同じく70-80年代の小劇場の前衛演劇のかけ合わせをTVアニメにしたような代物だが、ハマる人は徹底的にハマる作品だ。
とはいえもともとウテナは低予算のカルトアニメであり(結果的にはそれなりの大きなビジネスになったとはいえ)、日本を代表するグローバルIP「ガンダム」の旗艦級作品として「若い世代の新規ファン層の獲得」という戦略的役割を与えられて制作された「水星の魔女」とウテナでは、やれることもやるべきことも異なる(「週刊文春エンタ+ 大特集 機動戦士ガンダム水星の魔女 x 機動戦士ガンダムSEEDシリーズ」36-37ページのインタビューにおいて「水星の魔女」エグゼクティブ・プロデューサーの小形尚弘は「水星の魔女」を「まだガンダムシリーズを見たことのない若い世代に向けたもの」としている)。
シングルイシュー・シングルテーマで作れるカルトアニメのウテナとは違い、「水星の魔女」はガンダムに期待されるさまざまな要素を包摂した上で「今回はこれ」という尖った特徴を付与するわけだ。
「水星の魔女」は「王子様」ではなく「魔女」がキーワード
では、どのような特徴が「水星の魔女」に付与されたのか。
小林寛監督のインタビュー(『The Report of 機動戦士ガンダム 水星の魔女 Season2』収録)によれば、モリオン航空による企画書に監督が加えたのは「魔女とは何者か?」「魔女が使役するガンダムとは、いかなる存在か?」「ガンダムやモビルスーツが兵器として使われている世界とは?」の3要素で、さらに「この場合の「魔女」は童話やおとぎ話の「魔法使い」ではなく、宗教史における「異端者」、弾圧される側、糾弾される側であるという発想から考えていきました」とある。さらに当初はポストアポカリプスもので考えていたものがわかりづらいということで学園ものに切り替え、さらにその学園を兵器産業が経営する私学とすることで生徒たちと外の世界の戦争の繋がりを作ったとある。
「「異端」から派生して、ジェンダー、人種、宗教、家柄、人間関係、職場の問題、自身の進路、親子など……世の中に存在するさまざまな「生きづらさ」を「呪い」として強いてくる前世代的な大きな負債。それらから救済されるために主人公たちがどう立ち向かえばいいのか、その挑戦をひとつ描ければいいなと思っていました」
「一方、「親子関係」に関しては、それ自体を描きたかったわけではないんです。先ほど述べたように、「魔女=異端者、マイノリティ」の側のガンダムとそれを取り巻くキャラクターたちに、今の人たちが抱えているいろいろな「生きづらさ」を重ねて、その「生きづらさ」をどう克服するのか、どう救済するのか。理想を言えば、そこにたどり着きたかった。それが結果的に「親子関係」に集約・矮小化して見えてしまったのは、大きな反省点です」

これを読めば、「ウテナを進化発展させてもう一度、鳳暁生を少女たちに打倒させよう」という企画ではないのは明らかだ。キーワードは「魔女」なのだ。
だからデリング、ヴィム、サリウス、プロスペラという親たちがスレミオに徹底的にボコされて懲らしめられる話にならなかったのである。またウテナの鳳暁生のいくつかの要素(外見、脱ぎ癖、陰謀家属性)を引用して造形されたシャディクはBoomer Remover思想、つまり上の世代を排除することで社会を変えようという考え方を持つ人物として作られたと小林監督は明言しているので、ウテナのラスボスの再登板という先入観で見ていたら「あれ?」となるのは当たり前だ。
「水星の魔女」批判のかなりの部分は先行する「僕にとっての聖典・私にとっての正典」であるファーストガンダムやウテナを基準として、それらをどう現代的にアップデートしているかで作品の達成度を判断するという思考に基づいていたが、そうした思考自体かなりの偏りをはらむものである。その偏りの自覚が無いとしたら、批評としては大きな限界を持つものにしかならないだろう。
私たちのウテナをオマージュしたくせにウテナと違う話にしやがってという感情が湧くことはどうしようもないだろうが、私たちよりも大河内一楼(「水星の魔女」脚本・「少女革命ウテナ」ノベライズ担当)の方がウテナへの御縁が深いわけだし、オマージュや引用をしたら引用元と同じ思想や同じ価値観を表現しなければいけないなどというルールは無い。むしろ引用元との差異(何がどう変形され、それによって何が表現されたのか)を丁寧に見ていくのがまともな批評である。2020年代レベルの作画やキャラデザや劇伴のリメイク版ウテナが見たければクラファンでもして資金集めをするほうが良いだろう。
論点2:スレッタとミオリネの恋愛と結婚の描かれ方
2-1:クィアベイティングとレイジベイティング
これについて「匂わせ」による「クィアベイティング」だという非難もあったが、そもそも地上波ガンダムのような超大型IPがわざわざそんな小さな市場を狙って取り込むマーケティング戦略を立てると考えるのは無理がある。更に言えば「水星の魔女」を「クィアベイティング」だといってSNSのインプレッションやPVを稼いでいた手口は典型的な「レイジベイティング」であり、「リベラルのタブスタ」として嫌われる振る舞いパターンになっていたと思う。
また、実際に内部資料なりインタビューなりで「同性愛の匂わせをしてSNSでバズらせようという戦略も使いました」という文言が出てきたならともかく、自分たちのエコーチェンバーの中で勝手に妄想を膨らませて断定的に語っていたのもまともな批評とは思えない。しかも一応は研究者とか批評家というプロフェッションを標榜している人々もそこに加わっていたのは、とても残念な光景だった。
2-2:ガンダムエース事件
今から見ればガンダムエースの校正ミスはスレッタとミオリネの結婚を曖昧化しておくためのものではなく、情報の出し方の順番と場所の問題(本丸のオフィシャルコンテンツであるアスティカシア全校集会影ナレ「ホルダーとか関係なく、アンタは私のパートナーなんだから胸張りなさい!」で解禁)と考えて良いのではないか。当時、中国で水星の魔女を売るためにボカしたんだろうなどと攻撃されたが、4年後の現在でも水星の魔女は中国ではオフィシャル配信されていない。中国で売る気満々だったからガンダムエースでの発言を揉み消した説が正しかったのなら、とうに水星の魔女は中国で配信されているだろう。
2-3:法律婚問題
これについては作中では17歳から結婚可能になるという設定があり(3話のミオリネのセリフ「結婚できるのは17歳からでしょ。だから私の誕生日まで結婚はお預け」)、スレッタはそのミオリネの17歳の誕生日のグエルとの決闘においてあらためて「一緒に指輪買って式も挙げて二人とも最高のドレス着て」と宣言している。法律婚する気100%だ。
そしてエピローグでスレッタとミオリネが二人とも指輪を左手薬指にはめており、ミオリネはスレッタに「帰りましょ」と呼びかけている。
スレッタの体調の問題で挙式はまだなのかもしれないが(劇場版の冒頭かラストで見せてくれることを信じてます)、これで二人が絶対に法律婚をしていないと主張するのは無理がある。これでもまだ不足だというのなら、婚姻届の提出シーンを描くしかない。それ以外のシーンでミオリネが「ミオリネ・マーキュリー」になっていたりスレッタが「スレッタ・レンブラン」になっているようなテキストを入れ込む描写も可能だが、そうしたらしたで「夫婦別姓制度実現に対する反動勢力」だとか別の難癖をつけられるだろう。
それに、そもそも日本国で同性婚の法制度化が進まない責任をTVアニメに背負わせる時点で何かが根本的に間違っているのではないか。
2-4:セクシャリティ
スレッタのセクシャリティに関しては、セクシュアル・フルイディティ(性的指向が流動的に変化する)があったようにも読み取れるが、作中で最も明確に、なおかつ繰り返し繰り返し表現されたのは、ミオリネに対する恋愛感情である。
ミオリネはシャディクに告白されたときに「今さらよ」と呟いているので、ミオリネもまたセクシュアル・フルイディティがあったのではないかとも解釈できる。とはいえ、ミオリネ役のLynnは月刊ニュータイプや週刊文春エンタ+のインタビューにおいて、シーズン2では「常に「スレッタには幸せになって欲しい」という思いを軸に持つようにしていた」と語っており、監督や音響監督のディレクションでそれが修正されなかったということは、ミオリネもまたスレッタに強い愛情を向けていたという形の演出が一貫していたと判断できる。
全体的に言って「水星の魔女」はジェンダーやセクシャリティをテーマとして扱っていないので、そこに拘りすぎてもあまり得るものは無いのではないか。もちろん「水星の魔女をクイアリーディングする」という試みも面白いだろうが、それはあくまでも無数にある「読み」の一つにしかならない。
論点3:親子関係
小林監督のインタビューにあったように親世代と子世代の対立は「水星の魔女」において非常に大きなテーマになってはいたが、では親世代を絶対悪として描いて最終的に完全に討伐・排除されるような話にしたらもっと面白かったとも思えない。
表1:「水星の魔女」における親世代の企業のビフォーアフター
| キャラクター | 会社 | エピローグ時点での会社 |
|---|---|---|
| デリング・レンブラン | ベネリットグループ | 長女ミオリネにより解体 |
| ヴィム・ジェターク | ジェターク社 | 長男グエルがヴィムを(正当防衛とはいえ)殺してしまったことで経営危機に陥るが、グエルが継承。ジェターク寮OBOGも参加。ブリオン社を継承したエランとセセリアのサポートもあって業績は回復基調らしい。 |
| サリウス・ゼネリ | グラスレー社 | 地球資本に売却。 |
| プロスペラ・マーキュリー | シンセイ開発公社 | 開発部門は株式会社ガンダムに買収されて存続。 |
| 四魔女 | ペイル社 | ミオリネによって地球資本に売却。開発部門は株式会社ガンダムに買収されて存続。 |
| ブリオン社 | エラン・ケレスとセセリアが経営。ジェターク社とも協業している模様。 | |
| 株式会社ガンダム | ベネリットグループ解体後も事業継続し、ミオリネが経営。 |
より詳しく見てみると、親世代はいずれも会社経営者であったが(表1)、子世代の活躍で各社かなりのダメージを受けている。ジェタークが残ったのは少し意外だったが、ヴィムのキャラはともかくとしてジェターク寮自体は結束力も高く公平に見て優秀で誠実な人材が揃っていたから、潰す展開にする意味は無かっただろう。
全てが崩壊して若者世代だけで新天地・新世界を作るエンドというと、私の年齢だと「メガゾーン23」や「AKIRA」を思い出すが、物語のたたみ方として好きなのは「水星の魔女」である。デリングもヴィムもエルノラ(プロスペラ)もサリウスも完璧な親とは言えないが、この世に完璧な親などというものがあり得るわけもなく、良いところもあれば悪いところもあるし、悪いところがあったとしても子供たちから慕われるというのも珍しいことではない。実際に親となって新生児から成人まで我が子を育ててみてわかることも多々ある。親としての経験を持たない若い論客たちが親世代の討伐され具合が甘いと文句を言っていたのもみたが、OKY(お前が来てやってみろ)というのが正直な感想だ。
また、子世代は子世代で一方的に親世代の負の遺産をクリアしていったわけでもなく、それぞれ大きな挫折を味わっている。
表2:子世代の挫折
| キャラクター | 挫折の形 |
|---|---|
| ミオリネ | クイーンハーバー事件やアスティカシア高専でのノレアの暴走のきっかけとなってしまう。またサリウスが自分に全責任をなすりつけろと忠告したのを断った結果、議会連合艦隊の介入を止められず、クワイエットゼロによる議会連合艦隊の壊滅に至る。 |
| グエル | ドミニコス隊のエースになるという当初の目標は失われ、学園最強パイロットの座をスレッタに奪われ、ヴィムを殺すはめになり、さらに地球に拉致されてスペーシアンによるアーシアン弾圧の地獄絵図を目撃。 |
| シャディク | ベネリットグループ解体の陰謀は潰えてシャディクは収監される。 |
| スレッタ | 明るい学園生活の夢は壊れ、血みどろの陰謀に巻き込まれて自身もテロリストを殺害する羽目に。また暴走したソフィをエリクトが殺害する現場にも立ち会ってしまう。 |
つまり、これらの挫折からどうやって先に進むかという問題が「水星の魔女」のテーマだったわけだ。白馬の王子様は全く関係ないし、家父長制も子世代にのしかかる困難の一部でしかない。
論点4:それぞれの「生きづらさ」とグローバル資本主義
まず、小林監督がインタビューで語っていた子世代それぞれの「生きづらさ」について整理してみる。
表3:子世代の「生きづらさ」
| キャラクター | 生きづらさの原因 | 最終話までに起こった変化 |
|---|---|---|
| ミオリネ | 父による主体性の剥奪 | デリングが築いたベネリットグループを解体し、起業家として独立。スレッタと結婚。 |
| スレッタ | 被差別民。母によるマインドコントロール。 | ミオリネや地球寮の仲間たちによってマインドコントロールから離脱。教育家として再出発。 |
| グエル | 父による主体性の剥奪 | ジェターク寮を出て放浪の後、帰還。父を殺してしまったことと向き合い、残されたジェターク社の建て直しに邁進。 |
| エラン4号 | 使い捨ての部品扱い | ペール社に抹殺されるもデータストーム空間に潜伏し、最終決戦でスレッタとともに議会連合の巨大レーザーを止める。 |
| エラン5号 | 使い捨ての部品扱い | 生き延びることに徹底的にこだわり抜き、ペール社から株式会社ガンダムに移って最終決戦にも参加。戦後はノレアの慰霊の旅に出る。 |
| ラウダ | グエルとの方向性のズレ | ペトラと相思相愛になりジェターク社から離れる。兄への精神的依存からの自立。 |
| ニカ | フォルドの夜明けやシャディクのためのスパイ活動の強要 | フォルドの夜明けとの関係を自首して服役。出所後は株式会社ガンダムにチーフエンジニアとして復帰。 |
| チュチュ | 被差別民・貧困 | パイロットとしての高い実力とネキとしての行動力により、実力でスペーシアンからも一目置かれる存在になる。 |
| シャディク | 被差別民の出自・革命思想。ミオリネへの片思い。 | テロリズムによるスペーシアン支配体制の打倒を目指すもグエルにより阻止され、服役。ミオリネへの恋は破れるもエピローグ(ブルーレイ版)ではミオリネの結婚指輪を(おそらく)見届ける*1。 |
| シャディク・ガールズ | 被差別民の出自。 | シャディクとともにテロに身を投じるも阻止され、戦後はアーシアンとスペーシアンの交渉の仲介役として活動*2。 |
| ソフィとノレア | 貧困・被差別。 | 被差別民出身のエリートであるシャディクに鉄砲玉として使い捨てられ、戦死。最終話ではエラン4号同様にデータストーム空間の中にいることが描写された。 |
| 地球寮メンバー | 貧困・被差別 | 株式会社ガンダムで医療機器としてのガンダム開発に従事。 |
| ロウジ | 自閉症 | ブリオン寮から株式会社ガンダムに進み、医療機器としてのガンダム開発に従事。 |
*1 TV放送時にはミオリネの指輪は地球に降りてからしか確認できないが、ブルーレイ版ではシャディクとの面会を終えて地球に向かうミオリネの左手薬指に指輪が描かれている。エリクトの「良いの?」という質問と「小姑のいうことは聞いとくものだよ」というセリフから、この時点でミオリネとスレッタは結婚している可能性が大きい(小姑とは配偶者の姉妹のこと)。ミオリネがシャディクとの面会時にだけ指輪を外していた可能性もないではないが、ミオリネにはそれをする理由が無い(私には思いつかない)。
*2 最終巻ブルーレイブックレットでは「地球側のコーディネーターとしてミオリネに同行」と書かれている。
意外に少ない親子関係問題
こうしてみると意外に親子関係問題は少ない。ただ、メインキャラの3人(スレッタ、ミオリネ、グエル)が親子関係を軸としていたので、水星の魔女は親子関係の話が中心のアニメに見えたのかもしれない。私は周回回数がわからなくなったくらい周回を重ねているので、スレミオグエル以外のところも存分に見させていただいている。
たとえば植民地人の優秀な子供が宗主国の名門校に入ったことで様々な鬱屈を抱える描写(シャディクや地球寮チーム)、そうした中で更に支配体制に入り込もうとした子(シャディク)が同じルーツの被差別民(ソフィとノレア)を仲間扱いしない現象など、差別の問題についてかなり解像度高く描かれていると思う。更によく見るとグラスレー寮の中でもシャディク・ガールズのリーダー格のサビーナはニカの能力と人格を認めて仲間になるよう誘っており、シャディクとシャディクガールズの間でも考え方に差異があったりするのが面白い。
エラン4号と5号も現代で言えば人身売買や人体実験やロシア軍のような深い闇の中の存在だ。5号についてブルーレイ最終巻の小林監督のインタビューで、着地点を決めずに出したキャラだったと語られているが、結果的には(ロシア軍レベルで鬼畜な)ペイル社の使い捨てから逃げて逃げて逃げ切っただけでなく、ノレアの説得、4号の運命のスレッタへの開示、クワイエットゼロ突入戦ではミオリネを手堅くサポートと尻上がりに調子を上げていった感じで、個人的にはグエルと並ぶ推しキャラだった。
「水星の魔女」は百合やら家父長制云々よりもむしろグローバル資本主義の怪物性を解像度高く描いたことが重要
「生きづらさ」に話を戻すと、スレミオグエルは確かに親子関係が「生きづらさ」を構成していたが、この三人以外のほとんどは親子や家族ではなく強大で情け容赦のない資本主義による抑圧や搾取の構造の中にいる。企業、特にアメリカ流の極端な弱肉強食を貫く企業の暴力性や、そうした強大な企業の中でコネやメリトクラシーでそこそこのポジションを手に入れた者への反感など、周回を重ねると「水星の魔女」のテーマは「親子関係」よりもむしろ「グローバル資本主義の暴力性と、それらへの多種多様な抵抗の企て・挫折・継続」にあることが見えてくる。そしてミオリネとデリング、グエルとヴィム、スレッタとプロスペラの関係性にも全てこれが編み込まれており、「水星の魔女」がガンダムシリーズとしてどう新しかったかといえば、百合云々よりもむしろグローバル資本主義の怪物性を解像度高く描いたことにあると言えそうだ。
もちろんダブルオーやオルフェンズでもグローバル企業は大きな役割を果たしていたが、ソレスタルビーイングや鉄華団はグローバル企業集団の外部に立ち上げられた、グローバル資本主義とは異なる思想・仕組みで動く武装組織だった。ところが「水星の魔女」では主人公たちはグローバル資本主義の覇者であるベネリットグループの運営する私立の高専の学生であり、兵器産業の次の担い手として教育を受けているし、モビルスーツもベネリットグループから供給を受けなければ全く手に入らない。これは小林監督がインタビューで語っていた通り、意図された構造である。
「つまり、このアスティカシア高等専門学校の学生たちは、戦争とは無関係ではないんです」(『The Report of 機動戦士ガンダム 水星の魔女 Season2』3ページ)
だからチュチュやソフィやノレアはスペーシアンへの激しい憎悪を抱えていたし、ミオリネやグエルは地球では常に糾弾される立場にあった。そしてベネリットグループへのテロという、言ってみれば昔ながらのガンダムの主人公のように悪の組織に武力闘争を挑んだシャディクはソフィやノレアやニカを搾取するという「ダブスタ」すら敢行したが、他の寮(ジェターク寮、地球寮)の支持を得ることなくテロは阻止されて終わる(武闘派が最後に穏健派に敗れて革命完遂出来ず、という構造は「太陽の牙ダグラム」に似ているが、小林監督がそれを意識していたかは不明)。
ミオリネによるオルタナティブな抵抗の小さな成果
そしてミオリネは多大な犠牲を払いつつもベネリットグループの解体を実行し、グローバル資本主義の暴力性への制度内からの抵抗を試みる。結果としてミオリネによる「革命」の効果は限定的であったことがエピローグでのサビーナの言葉から読み取れるが、それでも株式会社ガンダムは生き残って兵器産業から医療産業へのピボットを果たしている。スレッタやベルメリアは教育者としてグローバル資本主義に立ち向かっていく未来が示唆される。もしかしたらラストシーンの農場も株式会社ガンダムが経営しているのかもしれない(部外者があんなところに立ち入ることは出来ないので)。
グローバル企業の経営者という道に進んだグエルやエラン、セセリアも、「水星の魔女」事変(と仮に呼ぶ)の当事者として目撃したグローバル資本主義の悲劇は原体験として残るだろう。(エプスタインのように)最も邪悪であったペール社の四魔女を企業経営の場から追放できたのも、ミオリネたちの達成の一つである。16-17歳の少年少女たちのグローバル資本主義への抵抗の第一章としては立派過ぎるくらいに立派なものだ。
今さら言うまでもないが、ガンダムシリーズは革命とその挫折を描き続けてきたという側面も強い。知る限りでは革命が成功して世界が変わるエンドのガンダムは無い。しかもガンダムシリーズにおいて「世界を革命する力を!」求めるのは往々にして悪役サイドだ。
表4:ガンダムシリーズにおける革命とその結末
| 作品 | 革命勢力(太字は主人公サイド) | 結末 |
|---|---|---|
| ファースト | ジオン・ダイクン | ザビ家に乗っ取られて挫折 |
| ファースト | ザビ家 | 地球連邦に負けて挫折 |
| Z | エゥーゴ | グリプス戦役には勝ったが勢力は壊滅 |
| ZZ | エゥーゴ | 思想性が失われグダグダになって解体 |
| 逆襲のシャア | ネオ・ジオン(シャア) | シャアとアムロが刺し違えて尻すぼみに |
| ユニコーン | 袖付き | 指導者フル・フロンタルとミネバを失い、消滅。 |
| ユニコーン | ミネバ | ラプラスの箱の中身を公表するも大きな変化は起こせず終わる |
| ハサウェイ | ハサウェイ・ノア | 革命に失敗して処刑される |
| oo | リボンズ・アルマーク | セツナに負けて退場 |
| SEED | パトリック・ザラ | レイ・ユウキにジェネシス発射を阻止されて死亡 |
| 水星の魔女 | デリング・レンブランとプロスペラ・マーキュリー | スレッタとミオリネにクワイエットゼロを止められて終わる |
この表からもわかるように、革命と挫折という視点では、これまでのガンダムと同じ構造を持っていることがわかる。むしろガンダムシリーズの中では希望成分多めの終わり方をした方だろう。
エピローグでミオリネが宣言した「人の数だけ正しいがあるもの。いつか必ずどこかで間違うのよ。それでもできることをするの、この先も」、これが唯一の現実的な抵抗である。革命スッキリエンドが見たい人のためには、これがある。
ネオリベラル・フェミニズム / ポスト・フェミニズムとミオリネ
24話のミオリネに関してはネオリベラル・フェミニズムやポストフェミニズムという用語で批判したくなる向きも多分いるのだろうが、そもそもミオリネは狭義のフェミニストではない(女性解放を掲げているわけではない)し、パートナーであるスレッタやその母親プロスペラについてのケア労働がどのように担われているのかもはっきりしない。おそらく多忙なCEOの仕事の合間にできることはやりつつも、多くは外注あるいは自社のものを含めたロボットで対応しているのだろうが。この部分において、描かれてもいない「スレッタによるプロスペラの介護労働」がさも存在するかのように主張する「水星の魔女」批判については「まずはテクストをちゃんと見なさい」ということになるだろう。
ミオリネの「その後」が「女性起業家」だったことそのものが生理的に気に食わないという人もたぶんいるのだろうが、自身の両親デリングとノートレット、そしてパートナーであるスレッタの母親プロスペラが深く深く関わった「水星の魔女」事変の当事者として、「まだ終わっていない」(エピローグのデリングらの公聴会シーンで表示されたテロップ)クイーンハーバー事件やクワイエットゼロ事件の後始末に奔走する彼女が、そしてアスティカシア高専でも経営戦略科の学生であった彼女が、いきなり「大学教員」や「ジャーナリスト」や「フリーライター」や「アーティスト」という、ネオリベフェミニズムを忌避する日本のフェミニストたちが好むキャリアに進むというのも想像しづらい(なお、日本の大学が大学院生や非常勤教員に対する苛烈な搾取構造によって成り立っていることは周知の事実のはずである)。
「水星の魔女」はグローバル資本主義の中で共犯者として生きざるを得ない若者たちの生きづらさ、革命の挫折とその先の再挑戦が描かれたものなので、ビジネスの世界に深入りすることが生理的・思想的に無理なタイプの人文系インテリに対しては最初からNOT FOR YOUなのだと思う。そういう人たちのためにこれがあるのだ。
論点5:百合アニメとして云々
百合アニメというものが何を指すのかよくわからなかったので、今検索してみてなんとなくはわかった。とにかく女性がいっぱい出ていれば百合アニメのようだ。
この中だと見たことがあるのは「まどか☆マギカ」「けいおん!」「ヤマノススメ」「まちカドまぞく」「ゆるキャン△」「リコリス・リコイル」「ぼっち・ざ・ろっく!」「リズと青い鳥」「少女革命ウテナ」「リンカイ!」「夜のクラゲは泳げない」。個人的に女性の同性愛を描いたアニメで最も印象深いのは「くりいむレモン エスカレーション」(稲葉真弓が別名義でノベライズしたことで有名)なのだが、さすがにこういうところには入れないか。
さて、これらの中に「水星の魔女」を加えてそれぞれ「百合アニメとして」出来が良いか悪いか云々という議論についてだが、いずれもエンタメ作品なので、大半は個々人の好き嫌いにしか帰結しないように思う。北村紗衣が『批評の教室―チョウのように読み、ハチのように書く』の2章の「価値づけする」という節の冒頭に、批評に対象の価値判断を含めるかどうかは個々人の考え方次第なので、含めるべきではないという人はここを飛ばしてくれと書いていたが、私は「自分にとっての価値」は大いに語るけれども他人にとっての価値など外乱が多すぎて考えるだけ無駄と思う立場である(なので北村紗衣の本のそこは飛ばした)。
なお、「水星の魔女」「まどか☆マギカ」「けいおん!」「ヤマノススメ」「まちカドまぞく」「ゆるキャン△」「リコリス・リコイル」「ぼっち・ざ・ろっく!」「リズと青い鳥」「少女革命ウテナ」「リンカイ!」「夜のクラゲは泳げない」。私にとっては、これらの作品は同じジャンルではない。
表5:「百合アニメ」と別カテゴリ
| 作品名 | 同じジャンルと思う作品 |
|---|---|
| 水星の魔女 | ガンダムシリーズ、太陽の牙ダグラム、ルルーシュなどSFロボットアニメ全般 |
| まどかマギカ | 涼宮ハルヒの憂鬱、エヴァンゲリオンなどセカイ系アニメ |
| けいおん! ぼっちざろっく リズと青い鳥 夜のクラゲは泳げない | ガールズバンドクライ、ロックは淑女の嗜みでして、響けユーフォニアム、TARI TARI、この音とまれ!、青のオーケストラなど高校生音楽もの |
| ヤマノススメ ゆるキャン | スーパーカブ、放課後ていぼう日誌、ろんぐらいだあすなど高大生アウトドアもの |
| 少女革命ウテナ | 天使のたまご、ウィッカーマン、マルコヴィッチの穴などのカルト作品 |
なお、小林監督はインタビューで以下のように話している。
「またアニメ全体で見ると、女性が主人公の作品はまったく珍しいものではありません。なので、先ほどお話しした「学園もの」と同じで、ガンダムで初めて女性がTVシリーズの主人公になったというだけで、新しい要素ではないと思っています。あとは個人的にキャラクターをつくる時に、男性だからこう、女性だからこう、というジェンダーからパーソナリティを組み立てることはしません。例えば物語の要素として、自分のジェンダーに何かしらの迷いや考えをもったキャラクターを登場させるなら、その場合はジェンダーに左右されるかもしれませんが」(前掲書5ページ)
これを素直に読めばシスジェンダー女性のスレッタが主人公になったのは「新しい要素ではない」し、ジェンダー部分でのアイデンティティに特に悩みを持っていたようにも見えなかったスレッタやミオリネがシスジェンダー女性だったのも特別なことではないと、少なくとも小林監督は考えていると思われる。
ダグラムやWind Breakerやハイキュー!!やキャプテン翼のように男ばかり出てくるアニメが薔薇アニメと呼ばれないのに、女性がいっぱい出てくるだけで百合アニメということになってしまう現状自体、かなり歪んだ言説状況だと感じる(それがダメとは言っていない)。もちろんその歪みの中で楽しく生きている人たちが「水星の魔女」を「百合アニメ」として良い悪い好き嫌いを論じることは、とても良いことだ。
論点6:勧善懲悪エンドにならなかったこと
なんでプロスペラやデリングや四魔女が生き残ってるんだよという不満も多く見られたが、これも小林監督のインタビューに答えが書かれている。
「でも昨今ではSNSで雑多な価値観が氾濫しすぎて、物事のよしあしの共有が難しくなってきました。そうなると司法から外れた主観的な正義や制裁行為が横行しはじめます。そんな時代において何か一度でも罪を犯した人間は、ゼロサムで否応なしに司法的な処罰以上の罰≒魔女狩りや死を受けなくてはいけないのか、と。それは非常に怖いわけです」
「だから、罰せられるべき人間が罰せられていないように見えて、そこに憤りを覚える人は絶対にいるだろうし、物語のセオリーからはずす以上、賛否分かれても仕方がないかなと。それでも、デリングやプロスペラの罪を死で償って終わりにはしたくなかった」
「そして、「生きづらさ」の救済と罪の償い方に加えてもうひとつ、シェイクスピアの戯曲「テンペスト」で主人公プロスペローが見せた「赦し」を描きたかったんです」(前掲書5ページ)
監督がそういうものを作りたかった以上、わかりやすいヴィランの爆発四散で終わらなかったことに文句をつけても「じゃあダブルオー見てください。あれはわかりやすいですよ」で終わりである。いや、それ以前に勧善懲悪ヴィラン爆発四散エンドをガンダムに求める方がお門違いだろう。オルフェンズもUCものもほぼ全てモヤモヤエンドなのだから。修復的司法のプロセスに踏み込んだ「水星の魔女」に我々は進化を見た方が良い。
論点7:ガンダムと「魔女」と「呪い」
小林監督は「水星の魔女」におけるガンダムをこのように定義している(再掲)。
「「魔女=異端者、マイノリティ」の側のガンダムとそれを取り巻くキャラクターたちに、今の人たちが抱えているいろいろな「生きづらさ」を重ねて、その「生きづらさ」をどう克服するのか、どう救済するのか」
実際、「水星の魔女」世界ではガンダム(GUND技術をモビルスーツ制御に使ったもの)は禁忌とされている。だがその一方で各社とも秘密裏にガンダムを開発している。
表6:水星の魔女に登場したガンダムたちと「呪い」
| 機種名 | 製造 | 動向 | 呪い |
|---|---|---|---|
| エアリアル | シンセイ開発公社 | スレッタの乗機としてアスティカシア高専に持ち込まれ、パーメットスコアを上げることでクワイエットゼロの中枢として稼働できる機体へと変貌していった。最終的にはスレッタとエリクトによってILTSオーバーライドに使用されたガンダム4機のうち1機となった。ILTSオーバーライド後に消滅。 | スレッタはシーズン1ラストでエアリアルを使ってテロリストを殺してしまう。ミオリネはエアリアルがきっかけでクイーンハーバー事件の当事者となる。 |
| ルブリス・ウル | オックス・アース社 | 宇宙議会連合が密かに存続させたオックス・アースがルブリスを元に開発。地球の武装組織であるフォルドの夜明けに秘密裏に供給され、ソフィが使用。エアリアルを深追いしたソフィがエリクトに殺害されることに。 | パイロットは死亡。 |
| ルブリス・ソーン | オックス・アース社 | 宇宙議会連合が密かに存続させたオックス・アースがルブリスを元に開発。地球の武装組織であるフォルドの夜明けに秘密裏に供給され、ノレアが使用。暴走したノレアがアスティカシア高専キャンパスを破壊しようとしてドミニコス隊に撃破される。 | パイロットは死亡。 |
| ファラクト | ペイル・テクノロジーズ社 | 四魔女が強化人士を使った研究機として開発させた。エラン4号がこれでエアリアルに挑み敗北。5号に継承。5号はのらりくらり戦術でその後の戦いを生き延び、最終的にはスレッタとエリクトによってILTSオーバーライドに使用されたガンダム4機のうち1機となった。ILTSオーバーライド後に消滅。 | エラン4号は抹殺される。5号は生き延びるがノレアを失う。 |
| シュバルゼッテ | ジェターク・ヘビー・マシーナリー社 | プロスペラと裏で手を握ったヴィム・ジェタークがシンセーの技術供与で開発。暴走したラウダがグエルとの兄弟喧嘩に使用。最終的にはスレッタとエリクトによってILTSオーバーライドに使用されたガンダム4機のうち1機となった。ILTSオーバーライド後に消滅。 | ラウダは最愛の兄を危うく殺しそうになる。 |
| キャリバーン | オックス・アース社 | ヴァナディース事変以前にオリジナルのルブリスと同時開発。データストーム対策が一切施されていない機体。クワイエットゼロ戦でスレッタが搭乗して改修型エアリアルと互角に戦った。最終的にはスレッタとエリクトによってILTSオーバーライドに使用されたガンダム4機のうち1機となった。ILTSオーバーライド後に消滅。 | スレッタは身障者となる。 |
こうしてみると、たしかにガンダムに乗った人々の大半は大きな喪失を被っている。そんな中でなんとか呪いから脱出できたのはラウダだけだった。ラウダが引き返せたのは兄グエルの兄弟愛とジェターク寮の仲間フェルシーの同胞愛。やはり呪いに勝てるのは愛なのか。エアリアルとともに消えるはずだったエリクトとプロスペラを救ったのもスレッタの家族愛。身障者となったスレッタを支え、回復させたのはミオリネの夫婦愛やアスティカシア高専の仲間たちの同窓愛。
「生きづらさ」の果てに禁忌であるガンダムに乗り、皆、何かを失う。しかしそのうち一部は愛によって呪いから救い出される。
「異端者としての魔女」の技である「ガンダム」という設定を上手く実現していると感じる。






