余白のアートフェアの審査資料を全力で作っているのですが、あらためて作品画像を全て拝見してステートメントと併せて資料に入れ込んでいきながら強烈に感じていること
期せずしてこれは日本のフェミニズムアートの地下水脈みたいなものを覗き込む機会になってしまったのではないかと
公募に「レイトスターター」というカテゴリがありましたが、それ以外でも女性アーティストさんたちの、やはり男に比べると一直線には進まない、ままならない人生の中で、やむにやまれず描く/作る、あるいは、創作することでやっと息が出来るみたいな表現がいっぱいありまして
またそれが、ジュディ・シカゴやマリナ・アブラモビッチのようなバキバキコンセプチュアル、あるいはソフトスカルプチャーのような美術館映えものたちではなくてですね
日本語でいうところの「ファンシー」
内藤ルネや水森亜土あたりから始まりサンリオを生み80年代に全盛期になったような
あの感じ。
明治大正の少女小説の挿絵がルーツなのかな。
「おかんアート」なんて言葉も最近生まれましたが、推測としては「おかんアート」も「ファンシーグッズ」的アートも、カルスタっぽい言葉で言えば「抵抗」の形式なのではないかと
なんでそうなっているのかは全然私にはわからないですよおっさんだから
とはいえ、現代の「カワイイ」の一部も含めて、少女小説から昭和ファンシーを経てどこかに繋がっている一連の表現形式は、たぶん日本の近現代の女性たちの何かが、そうとは俄にわからない形で表出しているんじゃないかと、思いながら必死に資料つくってます

2026/1/7 追記
梅津庸一のパープルームギャラリーが「ファンシーの切断面 そして、無人の待合室」という企画展をやっていて、多分、彼も私と似たような何かをお隣の婦人服店に感じたんだろうなと思いました。
前置きが長くなってしまったが、本展はシノン展のプランから派生したものである。まず本展のタイトルのファンシーについて。ファンシーと言えば「かわいい」「少女趣味」「対象年齢が低めのキャラクターグッズ」といったニュアンスで使われることが多い。しかし本来は「空想」「想像」「思いつき」英語圏では「〜に魅力を感じる」という意味の言葉である。 企画者が勝手に掲げたキーワードの語源を辞書で調べはじめ「実はこんな意味もあって」と切り出すのは美術展の企画において常套手段の1つである。したがって、本展もそんな慣習をなぞっていると言えるが、ファンシーというキーワードで出展作家を括りたいわけではない。そうではなく、ファンシーを拡張する意図、そして何よりシノンに通っていたお客さんたちにアプローチできる可能性を考えたつもりである。


